I want youの使い方

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しんと静まり返る部屋。窓の外から小鳥のさえずりが聞こえるほどに、誰もが無言でいる。ベッドで体を起こし、ぶ厚い本を掲げ持つ來と、それを睨み付けるバンジークスを使用人2人は息をつめて見守っていた。

そうやって音がないまま時間は流れ…バンジークスは目を閉じると疲れたようにはっと息を吐き捨てる。そして緩く頭を振りながら指先で眉間に軽く触れ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

『……分かった』

「………?」

小さく呟いたバンジークスは、そのまま足早に部屋を後にした。残されたラディも、はっと我に返ると去っていった主人の後を追って慌ただしく部屋を出ていく。

「………」

唐突に出ていってしまった2人の気配を伺うように、來は不安げにドアを見つめる。最後に残ったノーラが、そんな來に寄り添い、背中をそっと撫でた。

『心配いりませんよ!そりゃあ確かに御主人様は検事だから、嘘には厳しいお人ですけど……でも!アタクシは信じますよ!あなたは未来からやってきたってね!あんなスゴイ物、大英帝国が逆立ちしたって作れませんよ!』

朗らかに笑いながら話しかけてくるノーラを、來は目を丸くして見つめる。言葉は何1つ分からなかったが、彼女の笑顔に心の中に滲む不安が色褪せたような気がして、來は小さく微笑んだ。



***



そして翌朝。

來は初日に寝ていた主寝室ではなく、逃げ込んだゲストルームで一晩を過ごした。あの後、ノーラが喜んであれこれ世話を焼いてくれたので助かったが、バンジークスとラディは出ていったきり戻らなかった。

本当の事情を話した後という事もあって、今後自分はどうなってしまうのか…來は不安で仕方がない。出来れば…このままここで、元の世界に戻れるまで過ごさせてもらいたい。が、信じてもらえなかったら――…やはり、出ていく事になるんだろう。そうなったら、自分はどうやって生きていけばいいのか。言葉も通じない世界で、どうやって……?

「………」

ふと脳裏を掠めたのは…先日、スクールバッグを奪っていった子供の姿だった。もしかしたら、ゆくゆくは自分も――…そんな想像に來は思わず身震いする。自分の想像がリアルすぎて、他人事とは思えなかった。



コンコンコン



「?」

ドアをノックする音に、來ははっと我に返る。それと同時に、ドアノブがかちゃんと鳴ってドアが開いた。

『おはようございます。さぁさぁ、早速これに着替えてくださいまし!』

やってきたのはノーラだ。黒っぽい服を手に、にこにこと笑顔を浮かべながら大きな体をどしどし揺らして、ベッドに座る來へ近づいてくる。

『今日もロンドンは曇り空で、お出掛け日和とはいきませんがね。雨が降ってないだけマシってなモンです』

「……?」

『アナタは小柄だからアタクシの服じゃあ大きくてねぇ〜。今着てる寝巻きはアタクシのですのよ。ぶかぶかでしょ?あ。コレ。前雇ってた子のお仕着せ。アナタが最初に着てた服は乾いてるけど、アレでお出掛けは無理ですよ。変なのが寄ってきますからね』

べらべら喋るノーラをあっけに取られて見つめる來の手元に、ばさりと服が降ってきた。思わず手にとって広げると、それは黒いワンピースだった。長袖で、肩の部分がこんもりと膨らんでいて、スカート丈も随分長い。

『さぁさ。御主人様をお待たせする訳にはいきません。着替えて着替えて』

『キガ…?』

『あぁ、えーっと……チェンジよ。チェンジ。服、チェンジ』

言い直したノーラに、來はやっと合点がいったのか、大きく頷いた。

『フク、カエル、コレ』

『そうそう!服、変える、です!』

ノーラも笑顔で何度も頷き、続いて黒のボンネット帽とケープコートを差し出した。



***
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