I want youの使い方

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そうやって、ノーラは來を昨日と同じ所…バンジークス邸のエントランスへ案内する。階下にはバンジークスとラディの姿が昨日と同じように見え、そして昨日と同じようにノーラは1人で降りるように促したので來は階段を降りた。裾上げしてもらったお陰で昨日のように転んだりせず、最後まで降りきった來は気付いて振り向いた2人に歩み寄ると深々とお辞儀した。

『オハヨーゴザイマス!』

『…………おはよう。ミス・イチガヤ』

軽い黙礼と共に挨拶を返してくれたのはバンジークスだけで、ラディは不機嫌な様子で來を一瞥する。今日もお出掛けするらしい事を何となく雰囲気で察する來だが、昨日の一件でどうにも警戒心が拭えない――…昨日とは別の病院に連れていかれるのだろうか。

『…………ビョーイン、マタ、行ク?』

扉へ向かって歩き出したバンジークスの後ろを付いていきながら、來は思わず問いかける。彼は微かにこちらを振り向いて、くっと嘲笑した。

『いや。病院では、ない』

シンプルに、しかしきっぱりと否定して外へと出ようとするバンジークスを、來は一瞬だけきょとんとして見ていたが、はっと我に返るなり慌てて後を追う。病院でないなら何処なのだろうと疑問に思いつつ、彼の一言で懸念が晴れた來はほっと息をついて小さく笑ったのだった。



***



『――…彼女の発言について、昨日少し調べた』

キャリッジに揺られながら、バンジークスがラディに話す。真向かいに座る彼が虚を衝かれたような表情で主人を見るなか、バンジークスは話の先を続けた。

『彼女が"大英帝国の歴史"という本とやらで殺人罪を告発した、スキジャッド・オナゴン氏についてだ』

途端、ラディが目を剥いて息を飲む。話の内容がさっぱり分からない來は、彼らの声を流しながら小窓から外を眺めた。行き交う人々、佇む建物…全てが100年前のスタイルなのに自分と同じように生きて生活している光景は、まるでおとぎ話のミニチュアを見ているような感じで楽しい。

『聞き慣れぬ珍妙な名だからすぐ見つかるだろうと思っていたが…居住地がロンドン市内ではなかったらしく、判明するのに少々手間が掛かった』

『御主人様…っ。こ、こんな小娘の戯れ言を信じると仰るんですか?』

呻くように問い掛けるラディの言葉に、バンジークスはふっと冷笑を浮かべた。

『信じる…?いつ私が、日本人の話を信じると言った?』

『し、しかし。御主人様がわざわざ調べられたという事は、そういう事なのでは……』

『未来から来た証拠の提示を求めたのは私だ。そして、彼女はそれに応えた。求めた以上、提示された証拠について検討する義務が私にはある』

『で。では…万が一、この話が本当だとしたら――…』

『大英帝国が誇るヤードですら単なる行方不明と思っているものを、ただの娘が殺人事件と見抜いたのだ。未来から持ってきたという我が国の歴史書とやらを使って、な。話が本当なら、その歴史書も本物だという事になる』

『タイムワープが実際にあると…そう仰られるのですか…!?』

『――…認めるしかなかろう。未来…115年後の、2015年からやってきたのだと。例えそれが、どんなに滑稽な話だとしてもな』

ラディは絶句し、黙り込む。静かになったのを見届けてから、バンジークスはちらりと來に視線を向ける。深刻な雰囲気から隔絶され、1人外を眺めている彼女の暢気な様子に、バンジークスはもう一度ふっと嘲笑してから目を閉じた。



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