I want youの使い方

□04
2ページ/3ページ


「えっと…」

來は小さく呟きながら、さきほど目の前に置かれたトートバッグを漁り始める。しかし、手探りではなかなか目的の物が見つからないのか、徐にバッグを逆さにすると中身をベッドに広げだした。本やペンケースがばらばらとシーツの上にぶちまけられる様に、ラディは表情を険しくさせるが、バンジークスは眉一つ動かさず見守る。

「……あ。あった!」

そうやってようやく見つけ出した黒いガラス板――…スマートフォンを手にした來は、それを得意気にバンジークスに突きつけた。

『コレは、スマートフォン デス!』

『…phone――…電話機、だと?』

最後までその用途が分からなかった黒ガラス板のまさかの正体に、バンジークスは眉根を寄せる。きらきらとした瞳で何度も頷く來を、訝しげに見ることしか出来ない。

電話機自体は1876年の時点で発明・特許申請がなされている。その特許を巡って3人の発明家が泥沼の訴訟裁判を起こしたとはいえ、この20数年の間に電話という文明は広く世界に浸透していった。だが、彼女が電話だと言って嬉々として見せてきた黒いガラス板…手のひら大のサイズに厚みは万年筆より薄く、何より電話だと言うのにダイヤルも付いてなければ電話線の類いもない。どこから見ても単なるガラス板だ。

『それが電話だと言うのなら、通話が出来るのか?』

『……?』

『………その電話は、使えるのか?』

幼児に諭すように分かりやすく言い換えたバンジークスに、ようやく理解したらしい來ははっと目を瞠ったが、すぐさま表情を曇らせた。

『つ、使ウ 出来ナイ。デンキのナミ ナイ、ココ』

『電気の波――…電波、か。モールス信号のものとは種類が違うのだろうな』

『御主人様、真に受けてはなりませんぞ。こんな小さなガラス板のどこが電話機だなどと…』

『しかし!出来ル!かめら!コレ!』

ラディの呟きを遮って飛び出した発言に、バンジークスだけでなく全員がぎょっと目を見開く。驚く彼らを尻目に、來はスマートフォンの電源を入れようと横にあるボタンを親指でぐっと押し込んだ。

「………良かったぁ。電池はまだ生きてる」

暫くして。真っ黒だったガラス面にふわりとロゴが色鮮やかに浮かび上がったのを見て、來はほっと息をつく。しかし、安堵する彼女とは対照的に、近くでその様子を目にしたバンジークスとラディは共に凍りついたように動き出したスマートフォンを凝視していた。ベッドを挟んで反対側に控えるノーラからは來の手元が見えづらいらしく、何とか様子を伺おうとそわそわ落ち着かない。

充電は残り5%を切っている。ここ最近は充電の減り方も激しいから、長くは使えないだろう。そんな事を考えつつ、來は表示された画面を指先ですいっと横にスライドさせる。手慣れた仕草と滑らかに切り替わった画面に、ラディの口から『なんと…!』という呟きが洩れた。

『……かめら、使ウ 今カラ。アナタは、れでぃ デスカ?』

『………』

渋い表情でひとまず頷くバンジークス。Are you ready?と言いたかったのだろうと察するも、彼女の発音があまりにもまずくてladyと聞こえてしまったのだが、これまでの展開に気後れして突っ込む気力が湧かなかった。

そんな彼の混沌とした心の内など知るよしもなく、來はどこか楽しそうにスマートフォンを横に持ち変え、バンジークスとその隣にいるラディに向かってカメラのレンズを向ける。2人に笑顔はなかったが、來は構わずシャッターボタンをタップした。



カシャッ



小さく、だがはっきりと聞こえたシャッター音にラディが目を剥く。來は再び画面を指先で操作すると、2人にスマートフォンの液晶画面を見せた。

『…これは』

『そっ、そんな馬鹿な!』

画面に表示されていたのは、さきほど來が撮影した写真。しかし、2人が知る写真とは比較ならない鮮明さに、揃って驚愕の表情を見せた。単なる"写真"などではない。もう実物そのままと言わんばかりの質感。時間の一瞬を切り取って画面に貼り付けたと言われても信じてしまいそうなほど鮮やかな――…写真。

『信じられません!フィルムもなしで、何故写真が…しかもここまで鮮明に…!』

『現像の手間もなく、撮ったその場で写真を見れるようだな』

『の、ノーラにも見せてくださいまし!』

來が差し出した液晶画面をまじまじと見つめている2人に、ノーラが堪らず駆け寄る。そうしてやっと目にした画面に、ぎょっと目を丸くして『んまぁ!!!』と叫んだ。

『ばんじーくすサン スマートフォンかめら、タメシマス!』

『…な、何?』

『チョウセン!タメシマショウ!カンタン!トテモ、カンタン!』

『………』

テンション高く力説してスマートフォンをずいっと差し出す來から、バンジークスは渋々それを受け取る。カメラモードのままの画面を険しい表情で見つめてから、さっき來がそうしたようにスマートフォンを横にしてレンズを彼女に向けた。画面の中央に写り込む來と、彼女を囲むように様々な図柄が浮かんでいる。バンジークスは思わず画面から視線を上げて來を見る…が、そこには彼女1人だけでスタンプの類いはなかった。

『………』

『かめら 絵 タッチ!』

指先で自分の手のひらをとんとんと触るジェスチャーを交えながら促す來をじっと見てから、バンジークスは言われた通り画面に浮かぶ図柄の1つを、指先でそっと触った。



ぽーん



『ム?』

「あ」

さきほどのシャッター音ではない柔らかな音が響いて、來は慌てて身を乗り出した。遠慮なく近づいてくる來に、バンジークスは驚いたように身を引く。

『かめら チガウ、ソレ。エーガ様式、イマ』

『……映画、だと?』

戸惑うバンジークスに構わず、スマートフォンを覗き込んだ來は赤い四角の絵を指先でタップする。そしてすいすいと指を動かして画面を切り替えると、再びタップした。

【ム?】

【あ。かめら チガウ、ソレ。エーガ様式、イマ】

【映画、だと?】

小さなガラス板の中に、來が写っている。いや、"写っている"ではなく"映っている"だ。微笑む來が次の瞬間にはっとなって、さっきの台詞を口にしながらこちらに近寄る。相変わらずの鮮明さに加え、違和感のない滑らかな映像と…何と言っても声や些細な布ずれの音まで寸分違わず再生され、バンジークスは息を飲んで見入った。


『…一体、これはどういう事だ』

『まぁ!まぁまぁまぁまぁ!!どういう仕組みなんでございましょう!フルカラーのシネマトグラフに、音まで入ってるだなんて!』

『ありえません!このような物が存在するなど…なっ、何かしらのマジックに違いありませんぞ!?』

『………』

『100年後にはこんなスゴい物が発明されるんですね…今から楽しみでございます!』

『何を言ってるんですか!今から100年後など…我々が生きているハズないでしょう!』

『………ム?』

ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる使用人2人をそのままに画面を見ていたバンジークスは、異変に気付いて眉根を寄せる。画面が突然黒一色になり、ふわっとロゴが表示され…そしてそのまま元の黒ガラス板に戻ったのだ。鮮やかだった写真も、滑らかだったシネマトグラフも、ガラス板には何も写し出されない。

『…まぁ。どうしたのでしょう?』

『よもや、壊れたのでは?』

『私は何もしてないが…』

『!い、いえ…何も御主人様のせいだとはそんな――…!』

『……スマートフォン、えねるぎー オシマイ』

ぽつりと呟いた來に、3人は一斉に注目した。彼女は寂しそうな表情でスマートフォンを見つめている。

『エネルギー…?』

『スマートフォン、デンキのエネルギー、オシマイ。動ク ナイ、エイエンニ』

『………』

このスマートフォンとやらは電気の力で動いていて、それがなくなった今はもう動かない。そう解釈したバンジークスは、物言わぬ黒ガラス板…スマートフォンを來に差し出す。彼女は落ち込んだまま、それをのろのろと受け取ると液晶画面を指先で撫でた。

『ワタシのトモダチと、カゾクのシャシン、見レナイ…エイエンに』

そう静かに呟いてから、來はスマートフォンをトートバッグに仕舞い込んだ。



***
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ