I want youの使い方
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ベッドに座ったままの來の前にきらびやかなベッドテーブルが用意され、ノーラがそこにスープが入った深皿を置き、スプーンを添えた。ふわりと立ち上る湯気と食欲をそそる香りを、來は暫し真顔で見つめる。
『…………』
なかなか手を付けない來を、バンジークスは椅子に深く腰掛けてベッドのすぐ傍から眺めていた。アーリーティーが注がれた白磁のカップを手に、長い足を組んで黙っている。彼の隣に立つラディも、ベッドを挟んで反対側にいるノーラも、同じく無言のまま來が動くのを待った。
目の前のスープに釘付けの來は、ふと傍にいるバンジークスを窺うようにおずおずと見上げる。視線を受けて、バンジークスは促すように軽く頷くと來は再びスープを見て……やっとその手がのろのろとスプーンに伸びた。深皿のスープを、スプーンでゆっくりかき混ぜ始める。カチャカチャと皿に触れる細やかな音が上がった。
「…………」
スープを一匙掬う。スープと野菜と、それに混じって米も入っているのに気付いた來が、驚いたように目を瞬かせる。そして恐る恐るスプーンを口へと運び、一匙の半分だけを口に含んだ。
『………』
怖々食べ出した來を見ながら、バンジークスもティーカップに口をつけ、紅茶を1口飲む。來はスプーン一匙の残り半分を食べ、次は一匙を一口に、そしてまた一匙、そして咀嚼する前にまた一匙…と、次第に食べるペースに勢いが増していった。スープの温かさにはふはふと息を弾ませ、皿を持ち上げると直接口を付けて啜るように食べ出す。
『まぁ…!』
『……なんと』
無心に食べる來の姿にノーラは嬉しそうに微笑み、ラディは眉をしかめた。バンジークスだけは表情を動かさず、見守りながら静かに紅茶を飲む。
「っ、はふ……ぅ、ごっ!ごほっ!ごほっ!げほっ!」
『………』
気管に入ったのか、來が激しく咳き込む。身を折って咳き込み続ける來の背中を、バンジークスが優しく擦った。
『慌てて食べるからだ』
「ごほっ!ごほっ!!……っ!」
その瞬間。來がバンジークスの腕を掴む。突然の行動にバンジークスは少しだけ目を瞠ったが、來は掴んだ腕を離さず袖ごとぎゅうっと力一杯握りしめてきた。
『ご、御主人様に何を……!』
『――…ラディ、待て』
色めき立つラディを制し、バンジークスは來の手を払わず様子を見る。ようやく咳が落ち着いたのか前のめりに体を伏せたまま、小さな呟きが聞こえてきた。
『アッ――…アリガト……アリガトゴザマス』
『………』
『アリガト、ゴザ……アリガト――…アリガト、ゴザイマス……!』
嗚咽を滲ませながら、それでも拙い英語で懸命にお礼の言葉を繰り返す來。そんな姿が不憫に思えたのか、ノーラが目に浮かんだ涙をそっとエプロンの端で拭った。
『……構わん』
『アリガトーゴザイマス……ホント、アリガトッ、ゴザイマス…!』
『もういい。気が済むまで食べるんだ』
『そうですよそうですよ!たくさん作ったから、いーっぱい食べなさい!』
バンジークスの低い声とノーラの朗らかな言葉に、來はぐずぐず鼻を鳴らしながらようやく顔を上げた。『オイシイデス、トテモ…オイシイデス!』とぼろぼろ涙を溢し、しゃくりあげつつもスープを口へと運んだ。
1口1口食べるごとに、食べ物が持つエネルギーが体内に吸収されるのが分かる。細胞が1つずつ目覚めて息を吹き返すようだ。スープには來が苦手なニンジンやセロリも入っていたのだが、今はもうそれにすら跪いて感謝したいほど、美味しくて神々しく思える。
この優しさを、この温かさを、ずっとずっと待ちわびていた。この一杯のスープの味を、一生忘れない。
…そんな思いを胸の奥深くで噛み締めながら、來はスープを飲み込んだ。
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