I want youの使い方

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翌朝。

自分を取り巻く環境の違いに気付いた來は、ぱちっと目を開けた。



***

ふかふかしてる。

いい匂いがする。

何より…



寒くない!



「……っ!?」

勢いよく飛び起きた來は、素早く辺りを見回す。ふかふかなベッドの感触に"アレ"はやはり夢だったのだという期待に胸が震える…のも、一瞬の事だった。

「――…」

ロココ調というか…いかにも貴族的できらびやかなこの室内は、自分の部屋では決してない。広さも、インテリアも、何もかも自分の部屋とはまるで一致しないし、何一つ掠りもしない。

「……〜〜っ!」

大きな失望感が心を打ちのめす。その重い衝撃に、來は溜め息と共にがっくりと項垂れた。こんな事ってない。夢なら早く醒めてほしい。夢じゃないのなら……夢じゃ、なかったら――…?

「………」

夢じゃないなら、何なんだろう。本当に、115年前に……?

ぼんやりと考える來だったが、脳の動きがいつもより鈍い事に気付く。夢だったと期待して最初は反射的に飛び起きたが、全身も何だかダルくて重い……そういえば。こっちに来てから約1日半、口にしたのは少量のミルクティーだけだ。今までずっと走り回っていたのだから、さすがに…

「おなかすいたぁ〜…」

思わずか細く呟く來。あまりにも空腹すぎて気持ち悪いと感じない代わりに全身がだる重い。どこかに食べ物はないだろうかと辺りを見回して、ふと己の体に視線を落とした。

ブレザー制服…ではなく、いつの間にか薄いグレーのネグリジェを着ている自分。ボロ着とまではいかないが、随分と年季が入った風合いだ。それにサイズも大きくて、肩がずり落ちてしまう。今もまた肩からするっと落ちかけた襟ぐりを手で持ち上げながら、そういえばバッグはどこにあるんだろうと思い始めた時だった。

『んまぁ!』

「!?」

突然上がった女性の叫び声に、來は目を丸くして振り返る。部屋の戸口に、白いキャップを被ったおばさんが自分と同じように目をまん丸くして立っていた。突然の遭遇に、來は声も出ない。

『まぁまぁまぁまぁ、まぁ!ラディさんに知らせないと!』

「…………」

おばさんは大声で何事か言うなり、ドアを開けたままバタバタと慌てて走り去ってしまった。呆然と見送った來だったが、はたと我に返るとある予感にぎくりと身を竦ませる。



――…また、酷い目に遭う!



生きる時代も国も違う自分は、ここでは異質な存在なのだ。きっとまた傷つけられるに決まっている。昨夜、木箱で殴ったおばさんの憤怒の表情が、さっき出会ったおばさんの仰天した表情が、脳裏で交互に瞬いて……気付けば來はベッドから滑り落ちるように抜け出て懸命に立ち上がると、ふらつく体に鞭打ちながらドアへ向かっていった。

逃げなきゃ

逃げなきゃ

早く、ここから逃げなきゃ――…!

もつれそうになる足で來は廊下に出ると、壁に手を付きながら出口を探し始めた。



***
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