I want youの使い方

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「お帰りなさいませ、御主人様――…」

恭しい態度で男を出迎えたのは、黒の燕尾服を上品に着こなす壮年の男性だった。どうやらこの家の執事らしく、すらりとした体躯に穏やかな笑みを湛えながら男を迎え入れるが、ぐったりと抱えられた少女の存在に気付くや否や、言葉を止めて怪訝そうな表情を浮かべる。

「どうなさいました?」

「我が門の前で倒れていた」

「なんと…」

端的に述べられた男の言葉に執事は眉根を寄せ、少女をじろじろと見つめた。

「このような卑しい身分の者がバンジークス家の近辺をうろつくなど…ヤードに厳しく忠告を――…」

「ラディ、急ぎ医者を呼べ。まだ息がある」

「なんと…!」

男の指示に、ラディは目を瞠る。驚く彼に男は冷静に指示を続けた。

「女手も必要だ。ノーラも呼べ。今、火が入っている部屋は?」

「……御主人様の書斎と寝室は既に」

暖炉が点いている部屋を尋ねられ、ラディは渋い表情で呻くように答える。

「では、寝室で娘の手当てを」

「し、しかし。素性の分からない者をバンジークス家の主寝室へなどと…」

「私が構わないと言っている」

「………」

固い表情で押し黙るラディに、男はきっぱりと告げた。

「娘が何者であろうとも、その命に貴賤などない。死んでいるのならともかく、まだ生きているのだ。放っておく事は出来ん」

「………」

「彼女に出来うる限りの処置を………ラディ」

「……かしこまりました」

やれやれといった感じの重い溜め息を吐きながら、ラディは男から少女を受けとる。意識のない彼女を険しい表情でもう一度見やり、そして遠くに向かって呼び掛けた。

「ノーラ!ノーラ!!手を貸してください」

「はいはいはいはい。ただいまただいま――…」

ラディの召集に応じて、中年の女性がやってきた。がっしりとした身体をどしどしと揺らしながら駆け寄る彼女は、それなりに背の高いラディと並んでも遜色ないほどに大柄だ。足元まで覆う丈の長いスカートを両手で掴みながら走ってきたノーラは、ラディが抱える少女を見るなり「んまぁ!」と声を上げた。

「まぁまぁまぁまぁ、ラディさん。この娘さんは一体…」

「門の前で倒れているのを御主人様が発見なさいました」

「んまぁ!まぁまぁまぁまぁまぁ!!こんな寒い日になんて格好で…まぁまぁまぁ」

「まだ辛うじて息があります。僕は医者を呼びますから、貴方は主寝室で彼女を世話を頼みます」

「まぁまぁまぁまぁ!いいのですか?主寝室で」

「御主人様の御指示ですから。お願いしますよ」

「まぁまぁまぁまぁ…分かりました」

2人のやりとりと、ラディから少女を託されたノーラが彼女を2階へ軽々と運んでいくところまで見届けてから、屋敷の主人・バンジークスはその場を後にすると、己の書斎へ去ったのだった。


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