I want youの使い方

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本を開いた瞬間、ページがこちらへ勢いよく飛び込んでくるような、自分の存在が本に向かって吸い込まれるような。何とも言い難い奇妙な感覚に襲われた。






「………?」

突然の違和感に一瞬だけ呆然とした來だったが、辺りが急激に冷たくなっていくのを感じて思わず立ち上がった。

「なっ、何……?」

戸惑う來をよそに、気温はどんどん冷え込んでいく。細かく震え始めた体を思わず両腕で抱き締めた時、目の前をはらりと粉雪が落ちていくのが見えて來はぎょっと目を丸くした。

ーー…雪だなんて、天気予報じゃ一言も言ってない。

確かに寒かったとはいえ、季節はまだ秋の終わり頃で雪はまだ先の話だ。そもそも例年通りなら、雪は来月中頃に降り始めるはずで……

突然の雪に目を丸くさせる來は、冷えてくる足を擦り合わせようと身じろぎする。と、靴裏にさくっと柔らかな感触を覚えてはっと足元に目を向けた。硬いアスファルトだったはずの地面は、闇夜でもはっきりと分かるほどに雪がしっかりと積もっていた。まるでずっと前から降っていましたと言わんばかりの積雪に、來はぽかんと口を開けるしかない。

一体、何がどうなって……

「………!?」

そんな來の耳に、遠くからガラガラと何かが回る音が届く。次第にこちらへ迫ってくるその乾いた音に聞き覚えがあって、來は小さく息を飲んだ。生で聞いた事は恐らくない。が、映画とかで聞いた覚えはあって、その音とよく似ているのだ。似ているのだがーー…でも、まさか。

來は 音が近づいてくる方向をじりじりとした思いで見つめる。闇夜の中に響くガラガラという音と一緒に小さな灯りが2つ、少し離れて左右に並んでいるのが見えた。人魂のような、赤みがかったオレンジの光が小さく揺れながら、しかし確実にこちらへ近づいてくる。

そしてーー…



ガラガラガラガラ



けたたましい音を立てながら、來の目の前を馬車が堂々と走り抜けていった。音…木製の車輪から予想していた通りの正体だったとはいえ、來はもうぽかんと呆けた表情でそれを見送る事しか出来ない。何で21世紀…2015年の、そして日本の狭い路地裏のこんな時間帯に馬車が?しかも本物の生きた馬が引く馬車がなんでこの道を??

ぐちゃぐちゃに混乱したまま、來は改めて辺りを見回した。車がぎりぎりすれ違えるほどだった狭い路地裏は、大通りと言っても差し支えないほどに開けていて、洋風の街灯が等間隔に立ち並んでいる。蛍光灯の無機質な白い光ではなく、赤みがかったオレンジの灯りが浮かび上がらせるのは、レンガや石で造られた洋館。しかも1軒だけでなく通りに沿ってずらっと、様々なデザインの洋館が建っていた。

「……そんな」

愕然とした表情で呟く來。今いる場所がさっきまでいた場所とは明らかに違う…というか、まるきり異国の地であるというあり得ない現実を前に、凍りついた思考を抱えたままふらりと数歩前に進み出る。何だこの状況は……テレポート?何で私が?ていうか、いつテレポートなんて事が出来るようになったんだろうか?いやその前に、テレポートなんてのが実際に現実としてありえるのか???

ーー…そんな時。くしゃっと雪ではない何かを踏みしめたのを感じ、來は足元に視線を落として1歩後ずさった。そこには何やら文字が印刷された薄灰色の紙切れ……雰囲気的に新聞紙のようだ……が、落ちていた。來は何の気なしにゆっくりとその新聞紙を拾い上げる。雪に埋もれていたせいで湿気ってしまっているが、文字は読めた。新聞紙が日本語ではなく英語だった事にもう驚かないほど思考がぶっ飛んでいる來だが、ある文字を目にした瞬間、ぎょっと瞳を丸く見開いた。


9 January,1900


新聞紙の右上角に小さく印字された英単語と数字。それはどう見たってその新聞紙が発行された年月日だ。と、同時に…今現在の年月日でもあって。更に言えば來がいた場所の年月日とは全く一致しない数字だった。平成9年1月1900日なんて日付はさすがにあり得ない。でもここを日本じゃないとするなら…確か海外は年月日表記の並びが日本と違うと聞いた事がある。

と、すると

まさか。

「1…900年?」

小さな呟きは微かに震えていた。それは決して寒さのせいではない。ぐるぐると混乱していた意識がぐらぁと傾くような感覚に、來は懸命に頭を振ってそれを打ち払う。だって、あり得るはずがない。きっとこの新聞紙はアンティーク的な何かで、本物じゃないんだ。そうに違いない。だって、だって…



本当に今が1900年なら。

…自分は、115年前の世界に来てしまったという事になるじゃないか。



***
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