平行線が交わる時

□03
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お互い同じ検事であるという事と

……身体が入れ替わったという事くらいしか

アタシと彼との共通点は、ない。



***



ぴ。



ドア横にあるセンサーにカードを翳すとすぐさま小さな電子音が鳴り、かちゃんと鍵が開く。藍はそうやって開けたドアを、恐る恐るそおっと開いた。

「う、ひょおおおおおお〜…」

音もなくスムーズに開いたドアから覗く室内に、間の抜けた感嘆の息を零す。もう玄関からしてお高そうな雰囲気をビンビンに感じ取って、藍は猫のように目を丸くさせた。いや、正確に言うとマンションの佇まいからして如何にも…という空気を感じていた。

「………お邪魔しますよー」

バラエティ番組の、早起きドッキリ仕掛け人さながらの小声で囁きながら足を踏み入れる藍。カードキーをまるでお守りのように両手で握り締め、辺りを落ち着き無く見回しつつそろそろと靴を脱ぐとおっかなびっくりリビングを目指す。そうやって歩みを進めながら、藍は医務室での出来事を思い返していた。



***



もうどれだけ騒ごうが時間を掛けようが、事態は今すぐ変わらない事を嫌というほど思い知らされて、とりあえず今日は自宅に戻ろうという事になった。

【ム。待て】

【はい?】

肩を重く落としながら帰り支度を整えていた藍だったが、不意に御剣に呼び止められて振り返る。

【……君はどこに帰る?】

【え?どこって……自分の部屋だけど】

【私の姿でか?】

【――…仕方ないじゃん】

眉間にシワを寄せて尋ねてくる自分の顔に、自分もぶすっと頬を膨らませて答えた。

【"私"が女性の部屋に戻るのはまずい】

【……アタシ、1人暮らしだし。平気よ?】

【1人暮らしか。ますますまずいな。独り身の女性の部屋に"私"が出入りするなど、事情を知らん人間に万が一目撃されたら厄介だ】

【………何?まさか野宿か公園にダンボールハウスでも作れって?】

独り身で悪かったな、という自虐を胸の奥に押し込みつつそう答えた藍の台詞に、御剣は片眉を跳ね上げた。

【私の姿でそのような暴挙に出るんじゃない………ほら】

ため息をつきつつ御剣が自身のカードケースから1枚のカードを取り出し、藍に突きつける。藍は胸元に突きつけられたそれを一瞥してから御剣を見た。

【何、それ】

【カードキー。私の部屋のだ】

【……御剣くんちに行ってもいいの!?】

途端、好奇心でぱあっと瞳を輝かせる藍を、御剣は眉間にシワをよせつつ呆れたように見つめる。

【致し方あるまい。"私"が私の家に帰るのだから、この方が自然だ…………非常に不本意極まりないが】

最後にぼそっと呟かれた彼の本音を軽やかに聞き流し、藍は手にしたばかりのカードキーをしげしげと眺めた。

【あ。じゃあアタシんちの鍵も渡しとかないとだね。えっと場所は…】

【いや。私は元の体に戻るまで、ホテルを拠点にしようと思う】

御剣の提案に、藍はぽかんとした表情で彼を見つめる。

【…………………何で?】

【現在の私は"君"なのだが、あくまでも私は私だ。緊急事態とは言え、妙齢の女性の部屋に立ち入るほど私は図太くない】

【…………………アタシは?】

【君はいいのだ。】

きっぱりと言い切られて、藍はきょとんとしながらも「分かった」と素直に頷いた。何だか良く分からないが、彼なりの気遣いなのだろうか…藍はそう思う事にした。

【あ。着替えどうするの?】

【買ってもいいが、君の自前のモノを持ってきてもらえると助かる】

【買うつもりならアタシのサイズ教えておくね。パンツとかブラとか、御剣くんがどういう趣味なのか、ちょっと興味あるな〜】

【…………訂正する。自前のモノを持ってきてくれ】

ニヤニヤと薄く笑いつつセクハラ発言をかます己の表情を睨みつけながら、御剣は苛立たしげに低く呟いた。



***
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