神様の言う通り

□番外編:今日から始まる私達
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夜の22時少し前。深夜というにはまだ浅い時刻に、私達はマンションへ到着した。



***



「………」

「………」

地下駐車場スペースに車を止め、助手席から降りた鷹宮さんと共に部屋へ向かう。私を先頭に一列に並んで歩くが、会話はない。今日1日、色々とあったから疲れているのだろう。



色々。

本当に色々と、目まぐるしい1日だった。



検事として務めるはずだった裁判に急遽代理を立てて羽咲空港から旅立つ彼女を追い、想いを伝えて晴れて受け入れてもらって。

そしてその勢いのまま、ヘリをチャーターして鷹宮さんの田舎へと向かい、ご両親やその親族に事情を説明し…ここでもそれなりに色々とあったが、それはまた別の機会に話す事にしよう。

なんとかご両親より交際の承諾を得てから、再びヘリに乗って帰宅。多忙だからと無理矢理帰ってはきたが、初顔合わせなのに滞在時間が数時間というのは、さすがに不義理である。本来なら、せめて1日掛けて彼女のご両親とじっくりと話すのが筋だとは思うが…近いうちにもう一度会いに行かねばとスケジュールを脳内で組み立てながら階段を上がり、廊下を渡り、そうして辿りついた部屋の鍵を開けてドアノブを掴む。その瞬間、はっと息を飲んだ。

「――…」

今、私はごく普通にここまで来てしまったが…よく考えれば後ろにいる鷹宮さんは単なる赤の他人ではなく、恋人なのだ。好きだという私の告白を彼女は受け入れ、かつご両親にも交際の承諾を得たのだから、恋人なのは間違いない。そんな彼女と共に、今から部屋に入る。いや…アパートを引き払い、住む所がない鷹宮さんの居場所は今日からここ、私の部屋なのだ。

この状況は所謂、世間一般的解釈を以て説明するのなら



同棲



………そんな具体的な名称が頭に浮かぶと同時に、それまで平静だった鼓動がにわかに騒ぎ始める。同棲とは入籍前の男女が居住を共にする意味合いで間違いないが、私達の現状はまさしくそれに当てはまるのではないか?通常、同棲というものは暫く交際した後に執り行う、結婚に向けた前向きなステップとしての位置づけであり、つまり何が言いたいのかというと告白したその日に同棲するのは些か勇み足というか、生き急ぎすぎているというか――…

「……御剣さん?」

「…!すっ、すまない。今、開けよう」

唐突に突きつけられた"同棲"という状況に固まっていた所を鷹宮さんが不思議そうに呼ぶ。途端、我に返った私は握ったままだったノブを回してドアを開けたのだった。



***



自分の部屋に帰宅する。

今までそれは、ごくごく普通の、1日の流れの中の些細な一部分だった。

それが…鷹宮さんと共にその玄関をくぐった瞬間。空気ががらりと変化し、まるで別世界に入り込んだかのような錯覚を覚える。今までになかった"彼女の存在"を、全身で感じているのだろう。以前、雨に祟られた鷹宮さんをここへ招き入れた時とは明らかに違うこの感覚。それは、あの時とは変化した私達の関係性に起因するのだろう。



変化した、私達の関係性――…



「………」

玄関ドアを閉めながら、そっと後ろを振り返る。鷹宮さんが靴を脱ごうと、少し屈んでいる小さな背中が見えた。今日から彼女は、私と共に過ごす。私の部屋で、私の傍で、私の恋人として。叶うはずがないと思いながらも、それでも求め続けていた現実を手に入れた実感が、私の心を一気に飲み込み、その勢いのまま靴を脱ぎ終わって今から部屋へ上がろうと姿勢を正した鷹宮さんを、背後から思い切り抱きしめた。

「ひゃ――…っ!」

唐突に抱きしめられて、鷹宮さんが小さな悲鳴を上げる。それに構わず、私は目を閉じて深く強く抱きしめる。こうやって愛しい感情で彼女に触れる事が許される今に、強い喜びが私の心の内を吹き荒らす。腕の中のぬくもりが、ただひたすらに…ひたすらに愛おしい。

「……」

めいいっぱい抱きしめて、閉じていた目をふっと薄く開く。すぐ目の前に鷹宮さんの驚きで丸くなった瞳が見え……そして一気に我に返った。瞬間――…しまった!と、驚愕が全身を走り、抱擁を解くのと同時にそのまま思い切り後ろに下がる。あまりにも下がりすぎて、閉めた鉄製のドアに後頭部を強かに打ち付け、痛みと打撃音がガンッと響いた。

「ぐぉっ!」

「だっ…大丈夫、ですか!?」

慌ててこちらに駆け寄ろうとする鷹宮さんを片手で制止つつ、「いや。気にしないでくれたまえ」と俯いて呻く。無意識とはいえ、抱きしめておいて狼狽するなど…情けなさすぎて彼女を直視出来ない。暫くしてから「じゃあ。あの。お邪魔します」と鷹宮さんが部屋へ向かう気配を感じ、私はようやく息を吐いた。



***
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