神様の言う通り

□Last
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翌日の朝。

やがて始まる序審に備えて準備をしている私の傍で、イトノコギリ刑事が喧しく騒ぎ立てていた。



***



「御剣局長!このままでいいんスか!?」

顔色を赤くしたり、かと思えば青くしたりと終始落ち着かない様子で、イトノコギリ刑事は私に訴え続けている。それを耳にしながら、手の中にある書類をトントンと机に軽く叩きつけて端を揃えた。

「コンビニのあの子、いなくなっちゃうんスよ!?」

イトノコギリ刑事に言われて、鷹宮さんの顔がふっと脳裏に浮かぶ。思わずそれを消そうと目を伏せ、揃えた書類をクリップで挟んだ。

「今日を逃したら、もう会えなくなっちゃうッスよ!?」

「……その事が、君に何か関係あるのかね?」

深い溜息と共に、少し苛立った口調で尋ねる。すると彼は、更に興奮した様子で捲し立てた。

「自分には関係ないッス!関係があるのは御剣局長ッス!」

「私も関係ない」

「あるッス!」

「ない!!」

思わず声を荒げ、イトノコギリ刑事を睨みつける。そんな殺気じみた視線に、彼は一瞬ぎょっと怯えたように目を剥くが、すぐさま同じようにこちらを見据えてきた。

「あるッス!!見送りにも行かずにこのまま会わないで終わるっていうのは、絶対ゼッタイ間違ってるッス!!」

「間違いだと!?何が違うというのだ!君はいつもそうやって訳の分からない事ばかり――…!」

売り言葉に買い言葉の勢いで、お互い怒鳴り合う。イトノコギリ刑事はぎゅうっと拳を固く握りしめて、全身で叫んだ。

「何も言わずに黙ったまんまで、ハイ終わり!…なんて、絶対間違ってるッス!」

「今更何を言えと…!」

「御剣局長の正直な気持ちッスよ!偽りのない局長の心を、バーンとその子に伝えるッス!!」

「………」

思わず口を噤んでイトノコギリ刑事をまじまじと見つめる。まさか…私が鷹宮さんに片思いをしているという事を知っているのか?いや、知っていようがどうしようが……もう。

「…もう、終わった事だ。彼女は田舎へ帰る。私にはそれを阻む理由はない」

「だーかーらぁああ!終わってないッス!!全然!終わってないッス!大体、言ってもないッスから始まってすらないんスよ!?」

イトノコギリ刑事が、ダンダンと地団駄を踏む。彼の感情の激しさを物語るようにフローリングが微かに振動するのを見て、私はもう一度溜息をついた。

「……どちらにしろ、無理だ。そもそも、これから私は審議に参加しなければいけない」

「そんなの!局長権限で延期すればいいッス!自分が許可するッス!!」

局長権限なのに、いち刑事でしかない彼が許可したところで…とひっそり思いながら、私は3度目の溜息をつく。

「そのような勝手はできん。大体、今回のは例の男の序審だ。被害者だけでなく、鷹宮さんの心にも深い傷を負わせた男を確実に有罪にするのが、今の私の役目だ」

「そ、それでも!それでもこのままじゃダメッス!!」

「……それに、都会は危険だ」

「このままじゃ危険ッスけど――…って。は?」

「統計的に、都心に比べて地方の犯罪率は低い。だから…彼女の為を思うのなら、このまま行かせるのがいいのだ」

「局長…!」

イトノコギリ刑事の表情が、くしゃりと歪む。哀しそうにこちらを見てくる彼の視線に、居心地の悪さを感じてくるりと背を向けた。

「このままで……いいのだよ」

重く、低く、そして小さく告げる。打ち消そうと懸命になっても、幾度となく…そして再現なく溢れてくる鷹宮さんと関わった日々。今はただ辛いだけの記憶を潰すように、目を固く瞑った。

静まり返る局長室。固く閉じた瞳は闇だけを見つめ、まるでそこに1人きり立ち尽くしているかのような錯覚を感じる。



そう、これでいい。

彼女を……鷹宮さんを想うのなら。

このまま私1人。この闇の中に立とう。



――…そんな決心をした時だった。



「………守るのは――っ」

「……?」

ふと聞こえてきた声に、薄らと目を開ける。

先ほどまで見つめていた闇に、光が一筋差し込む。

「守れるのは…あの子を守る事が出来るのは、世界で御剣局長だけしかいないッス!!」

「!?」

イトノコギリ刑事の叫びに、はっと目を開いた瞬間。局長室のドアがばたんと乱暴に開かれた。

「マッタクその通りだ。いい事言うじゃねェか、イトノコのオッサンよォ」

「――…ゆっ」

ドアを開けた人物…夕神は不敵な笑みを浮かべると、堂々とした物腰でこちらへ歩み寄ってきた。



***
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