神様の言う通り

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ざくっという確かな手応えが、手にしたナイフから鈍く伝わる。

それと共に、細くてさらさらと手触りのいい彼女の髪が、床にはらはらと散った。



***



「きゃん!」

髪を切った瞬間。男から解放された鷹宮さんは、蹴飛ばされた仔犬のような悲鳴を上げ、前のめりに倒れこむ。同時に外でも「うぉ!」という男の声と、ドスンと倒れる音が聞こえてきた。尻餅でもついたのだろう。起き上がらない鷹宮さんをそのままに、私はまだ僅かに開いたままのドアに飛びつくと、再びそれを閉じ始める。ぎぎぃと錆び付いた悲鳴を上げるドア。次第に細くなる月光の筋。周囲がゆっくりと闇に沈み――…がつ、と鈍い音を立ててドアが閉じられた。瞬間…



ガンッ!!



「っ!」

外から男が攻撃してきたのか、ドアが衝撃に震える。私は慌てて鉄パイプを手に取るとつっかえ棒よろしく、ドアの傍に斜めに立て掛けた。続けてガンッと再びドアが震えるが、鉄パイプが支えになって開かない。

「クソっ!クソっ!!クソがっ!!殺されてくれよ!!頼むから!殺されてくれ!!!」

「………鷹宮さん」

ドアの外で男が絶叫する中、私は鷹宮さんが倒れた辺りまで手探りで進む。闇に沈んだエレベーターの中、伸ばした指先が温かく柔らかいモノに触れ――…どちらからともなく、私達は固く抱き合った。

その間も、男は獣のような唸り声で叫び続け、何度もドアをガンガンと叩き続ける。

「殺してやるんだよぉおお!お前達2人とも、殺してやるんだよォオ!殺されてくれよォオ!殺してっ……殺っ…!殺す!!ぶっっっっっ殺す!!!」

「………!」

正気とは思えない男の叫びに、私は鷹宮さんをますます強く抱きしめる。このような恐ろしい言葉を、声を、彼女に聞かせたくない。そして…

胸の奥底からせり上がる"あの時の記憶"を押さえ込む為に、抱きしめる腕に力を込める。闇の中のエレベーター。言い争う男達の声…今の状況と"あの時の状況"が幾度となく重なる。25年前の記憶と今が混同して、ぐしゃぐしゃになる思考を静しようと必死に自分を保つ。私までパニックに陥ってはいけない。彼女の為にも、鷹宮さんの為にも…愛する人の為にも――!!

「………」

止む事のない男の絶叫。衝撃に震えるドア。私は腕の中の鷹宮さんを静かに見下ろす。小刻みに震える彼女は、私に必死に抱きついている。その表情は強張り、恐怖に彩られた瞳は涙で震えていた。私はぎゅうぎゅうに鷹宮さんを抱きしめ、そっと後ろ頭を撫でる。すると、その感触に気付いた彼女が、涙で濡れた睫毛を一度だけ瞬かせると、そっとこちらを見上げた。

闇に慣れた視界が、彼女の表情を捉える。

涙で揺れる瞳が、私を真っ直ぐに捉える。

彼女が、鷹宮さんが、私を見つめる。

私だけを、見つめてくれている。

息が、思考が、理性が、私自身を作る何もかもが



一瞬で、消える。



「――…」

「………ん、ぅ」

次の瞬間、私は彼女の唇に己の唇を重ねた。合わさる隙間から、鷹宮さんのくぐもった吐息が零れる。それすら逃さないように、私は深く深く、ただ無心に口づけた。



***
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