神様の言う通り

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何故、このような展開に――…



***



「入りたまえ」

自宅マンションの玄関ドアを開けながら、背後にいる鷹宮さんに促す。彼女は肩を縮こませつつ「えっと…おじゃまします」と呟いてから、恐る恐るといった様子で中へ入っていった。ずぶ濡れの彼女から滴り落ちる雫が、タンタンと一定のリズムを刻みながら痕跡を残していく。

「入ってすぐ左がバスルームだ。既に風呂は沸いてあるだろうから、早く入りたまえ」

「え?その…ご家族の方が沸かしてくださったんですか?」

「このマンションは、出先からでもお湯張りの指示が遠隔操作で出来るのだ。それに私は1人住まいだから、気兼ねもいらない」

そう説明すると、鷹宮さんはまた驚いたように目を見開いて私を見つめた。

「さぁ。本当に風邪を引いてしまわないうちに早く」

「――…え、っと。その……じゃあ、お言葉に甘えてお借りします」

彼女はつま先でととと…と廊下を小走りで駆けていき、先程案内したバスルームの方へと消えていった。ややしてから、ぱたんとバスルームのドアの開閉音が静かに響いてくる。

「………さて」

その音を聞き届けた私は、玄関にしつらえてあるキャビネットからタオルを取り出し、少し濡れてしまった自分の髪や首周りを拭きながらリビングへと向かった。じっとりと濡れたスーツを脱いで、リビングへ着くなりソファの背もたれへぞんざいに投げる。そうやって自分の身支度を整えながら、頭の中でこれからの事を考えていた。

濡れてしまった鷹宮さんの服は乾燥機でにかけるとして、その間の待ち時間は夕食でも食べればいいか。とはいっても…滅多に人を呼んだりしない(と、いうより皆無に等しい)キッチンに、自分はともかく彼女が満足出来るような料理の材料は存在しない。あったとしても自分の料理の腕前に自信などあるはずがない。

「………」

髪を拭いていた手を止めて、暫く考え込む…ならばホテルバンドーからケータリングを頼めばいいな。うム。風呂から上がってすぐ食べられるよう、今のうちに頼んでおくか。我ながら名案ではないか。

自画自賛しつつ、私は携帯で早速ホテルバンドーにケータリングの配達を取り付けた。ビーフシチューといった温かい料理を中心に、デザートも…ム。そういえば、私は鷹宮さんの食べ物の好みを知らずに、勝手にあれこれ注文しまった。食物アレルギーとかなければいいが…

もしかしたら余計な気遣いだったかもしれないと少し落ち込んだものの、私ははっとある事に気付いた。鷹宮さんが風呂に入っている間に、何か着るものを用意しなければ。当然、ここには女性物などないから、私の衣類になってしまうのだが…まいったな。ボトムの類は当然彼女には大きすぎるだろうし、かと言ってシャツ1枚ではせっかく風呂で温まったというのに薄着すぎる。となると…バスローブが妥当だろうか。洗ってあるとはいえ私物なのだが、裸でいるよりは遥かにマシ――…



「………」



その時



「――…」



思考が、自分の中の時間が



「   」



一瞬で、凍りつく。



そう。そうなのだ。なんという事だ…っ!

情けない事に、私はここで…今現在の状況というモノをようやく理解した。

片思いしている女性を自分の部屋に招き入れ、あまつさえバスルームで入浴させているという状況に――…!



***
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