神様の言う通り

□10
1ページ/4ページ




きっと。

私は夢を見ているのだ。



***



その夜。私は寝室でベッドに仰向けになり、掲げ持った携帯をぼんやりと見つめていた。

「………」

液晶に表示されているのはデフォルトの素っ気ない待ち受け画面…ではなく、電話帳。そこには鷹宮舞と表示されていて、名前の下には彼女の携帯番号とメアドが並んでいる。そんな画面を、私はただぼうっと眺めていた。

今まではコンビニに行かなければ繋がりが持てなかった彼女と、それ以外の方法で繋がっている――…信じられない事だが、事実であるそれを私はただただ噛み締めていた。そして自分の携帯番号とメアドも、彼女の携帯に保存されているのだと思うと、胸の奥がふわふわと温かく緩んで覚束無い。このような日がやってくるとは、最初の頃は思ってもみなかった。

あの日の、連絡先交換を皮切りに電話やメールのやり取りを密にやりあう…などという都合のいい事はさすがになく、交換した日の夜に一度だけ彼女から「今日の裁判、お疲れ様でした」といった労いのメールが届いたきりだ。しかし、社交辞令だと分かっていても鷹宮さんからメールが届いたという事実に、私は年甲斐もなく飛び上がらんばかりに浮かれて喜んだ(受信した場所が自宅で、本当に良かったと思う)

どう返信しようか、文章はどのくらいの長さで、どの程度時間を空けて送信すればいいのか。絵文字というやつを使った方がいいのかいやしかし年甲斐もないツールを使ったところで引かれやしないか…

あれこれ悩み、返信出来たのは彼女が出勤しているであろう朝方という有様で。まさか仕事以外で夜更しするとは思わなかった。しかもそれだけ悩んで送信した内容も「ありがとう。また傍聴に来るといい」という短くて返信しにくいモノで…案の定、彼女からの返信はなかった。自分はコミニュケーション能力に著しくかけていると、本気で思い知らされる一件であった…大体、局長である自分が裁判を受け持つ事自体皆無なのに、何で傍聴を促しているのだ。

そういう訳で、せっかくの大きなチャンスである鷹宮さんの連絡先は、もっぱら観賞用として私の携帯メモリに存在している。プライベートの連絡先を知って距離がぐっと縮まったかのように思えるが、結局はこうして意味もなくぼんやりと眺めるだけの、近くて遠い存在なのだ。

「……舞、さん」

溜息と共に、彼女の名前を口にした時だった。





ピリリリリリリ、ピリリリリリ…





「っ!うおおっ!?」

急に手の中で携帯が鳴る。あまりにも唐突すぎて、掲げ持っていた携帯から手をぱっと離した。当然、離された携帯はそのままぼとりと私の顔面にそれなりの質量で落ちてくる。固い感触ががつっと眉間にぶち当たって、痛みに顔を顰めた。

「な、何なのだ…」

起き上がりながら、落としてしまった携帯を拾って液晶画面を見る……そして、表示されていた文字に衝撃を受けて、瞳孔がぎゅんと縮んだ。

画面には…先程まで飽く事なく眺めていた鷹宮舞という彼女のフルネームと、電話番号が表示されているではないか。

彼女の名前と、電話番号……

ま。ま、まさか――…っ!?

急激に走り出す鼓動に目眩を覚えながらも、私は震える手で……ピッと通話ボタンを押した。

「――……ぅ、モッ――…モシモ、シ?」

『あ。えっと…鷹宮、です』

スピーカー越しに響く彼女の声。夜だというのに、天上から聖なる光が羽衣のような柔らかさで私を照らす錯覚を全身で感じた。電話…鷹宮さんの声が、こんなにも近く、で…っ!!

『…え、えっと。あの、グッドナイスコンビニ夕焼け通り公園前店の、鷹宮です。この前、みぬきちゃんと傍聴に来た――…』

「――…ムッ!いや、大丈夫だ。ちゃんと…覚えている」

驚愕と感動のあまり、声を失っていた私に鷹宮さんが懸命に自分の素性を伝えてくる。彼女のその必死な声に、自然と笑みが溢れた。鷹宮さんを忘れるハズなど、例え天地がひっくり返ってもありえないというのに…私の応えに安心したのか、彼女の安堵の吐息がスピーカー越しに私の鼓膜にそっと触れ、瞬時に自身の体温が、脳天を突き破る勢いで急上昇するのを体感した。

『すみません。こんな夜分遅くに…それともお忙しかったですか?』

「…いや。自宅なのだ。だから…気に、しないでくれたまえ。ところで、その――…何かあった…の、だろうか?」

そうだ。鷹宮さんが私に、しかもわざわざ電話を使って連絡を取ってくるのだから、何か私の助力が必要な――…刑事事件か何かに巻き込まれたのだろうか?浮かれっぱなしだった私の頭が、そんな事に思い当たって急速に冷えていく。

『えっと。御剣さんは宝月茜さんをご存知ですか?』

思いがけない名前を聞かされ、私は思わず「ム」と唸る。鷹宮さんは続けて宝月さんの事を話し始めた。

『みぬきちゃんのお父さんとお知り合いで、みぬきちゃん自身もお友達なんですけれど…』

「あぁ。彼女の事は知っているが、それが…?」

『実は…』

そうして切り出された鷹宮さんの話に、私は文字通り震えが走った。



高らかに歓喜を叫ぶ、震えが。

まるで夢のような、喜びが――…



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ