神様の言う通り

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僕が弁護士に復帰するにあたり、事務所の名前を"成歩堂法律事務所"にしなくて良かったと思う。

だって、恋の橋渡しなんて法律事務所はしないし、やり方も六法全書には載ってないしね。

成歩堂なんでも事務所で良かったよ。ホント…



***



「待った!!……成歩堂。その話は今回の件に関係ない」

「う……」

弁護席に立つ成歩堂に人差し指を突きつけ、私は声高らかに宣告する。相手は一言呻くと、だらだらと冷や汗をかき始めた。

検事局長になってから、こうやって法廷に立つのは稀、というより皆無だ…とはいえ、1度だけ法廷に立つ機会はあったものの、逆に言えばそれ以来の裁判である。その時は成歩堂の指名で検事を務めた経緯があったが、今回も成歩堂の指名があって出向いた。だから何か一筋縄ではいかない、重大な案件なのかと思いきや――…

「全く…何なのだ貴様の体たらくは。貴様が私をわざわざ指名してくるから、どんな案件かと思いきや――…」

腕を組んで忌々しく愚痴ると、言葉に詰まったままの成歩堂は「うーん」と煮え切らない呻き声を上げた。全く…一体全体、彼は何がしたいのだ?今回の案件は一応刑事事件(殺人ではなく横領罪だが)とはいえ、被告は罪を認めているし、証拠も証言も有罪を充分納得させるだけの有力なものばかり。実に単純明快で結果は火を見るより明らかだ。被害者には悪いが…正直、局長がしゃしゃり出るような法廷ではない。

だから私はとっととこの裁判を終わらせて、本来の業務に戻りたいと強く思っていた。ただえさえ普段から時間が足りないほどに忙殺されているというのに…特にここ最近は仕事の能率が落ちていたから、取り戻さなければならない。

「………」

その能率が落ちていた原因…鷹宮さんを思い出して、ふっと気持ちが翳る。コンビニに行かなくなって…いや、行けなくなってもう4日目。私の心は、深い深い海峡の奥底に沈んだように暗く、重く、冷え切っていた。彼女に一目惚れして仕事が手に付かなかった時以上に、無気力が私を支配している。

コンビニに行けない理由…それは、あのバカが鷹宮さんの目の前で私を辱めたにほかならない。あのような侮辱を受けて、何事もなかったかのように彼女と会うなど、私には到底無理だ。想像も出来ない。

終わった…私の、もうすぐ2ヶ月ほどになったであろう淡い片思いは、あの大バカによるたった数秒の行動で、跡形もなく破壊されたのだ。それもただの破壊ではなく、出来上がった瓦礫を土足で踏みつけるほど徹底的に…

もう、私には仕事しかない。仕事と共に生き、仕事と共に死ぬのだ。今後、私は仕事の鬼になる。今までも鬼だなんだと言われたが、今までにないくらい仕事をしてやる。そうでないと…手が空いてしまうと――…彼女を思い出して、私は立ち止まってしまう。こんな目に遭っても、そして鷹宮さんがあの一件で私を軽蔑しただろう事が分かっていても、やはり私は彼女の事が――…!

「…成歩堂。他に言う事はないのか?」

「………」

募る苛立ちに、私は腕組みしたまま人差し指で己の腕をトントン叩いて成歩堂に問う。彼はさっきから落ち着きのない様子で、ちらちらと傍聴席を見ていた。



――…何なのだ一体。傍聴席に何かあるのか?



そう思って私も彼に釣られて傍聴席に視線を流した時だった。

「……っ!!?」

傍聴席に並んだ顔を見て、思わず息を飲む。激しく動揺しだす心臓をそのままに、まさかと思いつつも私は胸ポケットに入れていた眼鏡を取り出して慌てて掛けた。

「――…なっ…!?!」

一気にクリアに定まる視界。

その視界の中央に見えたのは……


鷹宮舞さん本人だった。



***
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