神様の言う通り

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「いらっしゃいませー」

「………」

店内に入るなり、レジから鷹宮さんの声が私を出迎えてくれた。ここに通うようになってまる1ヶ月半。今では声で彼女がいるのかどうか分かる。

ざわざわと浮き立つ心を自覚しながら、そっとレジへ視線を向ければ――…確かに鷹宮さんがそこに立っていた。あぁ、それにしても…今日は会えて良かった。

そのままレジ前を通過すると、私の背後をメイと狼の2人が付いてくる気配を感じる。それは特に咎めず、いつものように焼きたてパンのコーナーへ入るが、2人はレジ前で立ち止まった。

「…おい。ちょいと2、3質問させてもらってもいいか?」

「私――…でしょうか?」

「そうだ」

狼のよく通る声に思わずレジの方を見ると…なんという事だ。アイツ――…狼は、鷹宮さんに馴れ馴れしく話しかけているではないか!質問だと?一体何の思惑があってアイツは…っ!

「アンタ、名前は?」

「鷹宮と申します」

「あぁ。それはアンタのネームプレートを見れば分かる。俺が知りたいのは……アンタの下の名前だ!」

腕を振り上げ、びしっと鷹宮さんに人差し指を突きつけながら問いかける狼を止めようとした私だったが…

「は、はい。下は舞と言います」

「――っ!?」

彼女の…鷹宮さんの言葉に、私ははっと胸を突かれる思いで立ち尽くした。今……今、鷹宮さんは何と言ったのだ!?

「鷹宮舞…それが貴方のフルネームね?」

「はい」

メイが確認するように反芻すると、鷹宮さんは素直に頷く。その言葉に、私の全神経が喜びに打ち震えるのを感じた。



鷹宮さんの下の名前は……

舞――…っ!



…苦節1ヶ月半。遂に…遂に私はっ!私は彼女のフルネームを知る事が出来た!!鷹宮舞…舞さん。あぁ、なんとも…なんとも素敵な名前ではないか!

そんな風に感動に1人打ち震える私をよそに、今度はメイが口を開く。

「貴方は…その、随分若く見えるけれど。今の年齢は?」

「はい。20になります」

「……っ!?」

続いて判明した鷹宮さんの情報…年齢に、私はごくりと生唾を飲み込む。わ――…若い。いや、若いのは分かっていた。下手したら一回りは下だろうとも思っていた。しかし…まさか一回りプラス2歳年下とは…!私が14歳の時に彼女が生まれたという事か……

………い、いや。待て。発想を…ここはあの男のように、発想を逆転させねばならん。彼女は現在20歳…そう。つまり成人しており、未成年ではない。ならば恋愛は自由だ。青少年育成条例にも引っ掛かりはしない!そうだ!若いのは分かりきっていた事!成人しているこの事実を喜ぶべきなのだ!

「………ハタチ、ね」

「………わ、若いな。いや、若いとは思っていたが…」

呻くように呟いたメイと狼が、同時にこちらへ視線を寄越す。何やら呆れたような、じとりとした半目がちの視線に、私は少し慌てて咳払いをし、パンを物色する(フリ)を始めた。しかし、何故彼らにあのような視線で見られなければならないのか…

「ところで、アンタ」

「はい?」

「彼氏とかダンナとか…アンタには誰か男はいるのか?」

ストレートすぎる狼の質問に、私はトングで掴んでいたクロワッサンをぼとりと床に落としてしまった。慌てて拾って自分のトレイに戻すが…何故あの男はそのような質問を?

「あの…それはどういう――…」

さすがに鷹宮さんも不審に思ったのか、狼による3つ目の質問に困惑の色を浮かべる。ム…困った顔は初めて見るが、なかなか可愛い……ではない!困ってるのだぞ!いい加減、これは止めに入らねば!

「狼。貴様――…」

「これは防犯上、意味深い質問なのよ。鷹宮舞」

「え?」

「………」

止めに入ろうとした私を遮るように、メイのはっきりとした言葉が店内に響き渡る。その声に、私はまたしても立ち尽くしてしまった。

「彼氏、夫…誰か貴方の傍に特定の男性がいるなら、犯罪に巻き込まれる確率も減るの。独り身の女性の犯罪遭遇率は、古今東西いつの時代も高いとされているわ」

「アネさんの言う通りだ。アンタのそこらへんの身辺状況を改めて振り返るのも、防犯の上では重要なんだぜ?」

「はぁ…」

2人の勢いに圧倒され、鷹宮さんは目をぱちぱちと瞬かせる。

「それで…鷹宮舞。貴方はどうなのかしら?」

「え、えっと…その――…い、いません」

鷹宮さんが恥ずかしそうにぽつりと呟いた言葉を耳にして、私は右手を固くぐっと握りしめてささやかなガッツポーズを取った。鷹宮さんには彼氏などおらず、所謂フリー!これは、なかなかいい流れではないのか!



(…アネさん。俺、正直見てらんねぇよ。あの局長様のはしゃぎっぷりをよぉ。アレ、俺と同じ年なんだぜ?)

(非常に同意するけど、ここは完璧に彼女の情報を洗い出すのよ)



――…狼とメイが何やら2人顔を寄せ合って話し合っているようだが、声が小さすぎて私には聞き取れなかった。



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