神様の言う通り

□01
1ページ/2ページ




君は

こんな私を笑うだろうか。



***



24時間、戦えますか?



――…仕事が立て込んで睡眠もままならない日々が続くと、そんな懐かしいフレーズが脳裏を過ぎる。

「……ぅ」

検事局から1歩外に出て、朝日の眩しさに呻き声が喉奥から漏れた。爽やかな朝もやと共に街を白く染める早朝の光は、私にキリキリと網膜を刺すような細やかな痛みをもたらす。

ここ数日、検事局に缶詰だったせいで、室内の明かりに目が慣れていたからだろう――…そう理解も納得もするが、きつすぎる外の光を避けるように眼前に己の手を翳した。そうやって暫く立ち尽くしてから、私は俯き加減で1歩を踏み出す。

「……っ」

今度はぐらりと足元が揺れた。バランスを崩しかけてる事を察して、瞬時に息を飲むと膝に、全身に力を込める。そうやってようやく保たれた姿勢に、私は息を吐き出した。安堵ではなく、落胆に似た脱力で。



ダメだ。

さすがに、休まなければマズイ。



どんよりと重く鈍い体を引きずるように、検事局を後にする。そうやって局から1歩1歩と遠ざかりながら、頭の片隅にここ数日の出来事がレコードのようにゆっくりと再生された。



…己の手柄のみに執着した検事が、悪質な証拠隠滅や捏造を繰り返し、それがバレて逃走。本人が抱えていた序審や裁判を放り出し…あぁ、こうやって思い返すだけでも目の前が重たく沈んでいきそうだ。

状況把握に状況捜査、放り出された序審へ新たな検事の派遣と、遁走した検事の捜索にマスコミへの情報開示と対応と――…正直、削ったのは睡眠だけではなく、食事もロクに取ってないし、まともな食事などここ数日縁がない。



たった1人の為に、ただ1人が犯した罪の為だけに。

どれだけの人々が振り回され、後始末に忙殺され、対応に苦慮しただろうか。



法曹界の暗黒時代…物騒な呼び名だが、勝訴という結果に執着した検事と弁護士による偽造や捏造の応酬を見れば、その呼び名も納得が行くというものだ。己の私利私欲の為、暗黒に葬り去られてしまう"真実"。それを光当たる場所へ導くには、正常で…清浄な法廷に戻す必要がある。そしてそれは私の、検事局長である自分の仕事なのだ。

「………」

また、ため息が口を付いて出てくる。

法廷を、裁判をあるべき姿へ正す為とはいえ

検事と弁護士が議論をぶつけあい、協力して真実を明らかにさせる為とはいえ…

こうも次から次に、際限なくヘドロのように溢れ出る不祥事の数々に、暗黒時代の根深さを思い知らされる。自分が理想とする法曹界は、まだ遠い未来のように思えるし…逆に永遠に来ないのではないかと恐怖すらする。所詮、夢物語に過ぎないのではないかと――…

以前の、単なるいち検事としての頃が懐かしい。ただひたすらに真実だけを追い求め、部下や仲間と必死になって駆けずり回ったあの日々が。走る度に明確に見えてくる真実を、無我夢中で追いかけたあの日々が。

そうやって走って走って、そして検事局長という一番高い場所までやって来て…自分は真実を追い越して程遠い場所まで来てしまったのではないかと。ここでこんな尻拭いをやっている場合ではなく、現場を走って消えてしまいそうになる真実を見つけ出すべきではないのかと自問自答をして――…

「…いかんな」

胸の奥を締め付ける懐かしさが、いつの間にか焦りへと変化していて、思わず自分の胸を服の上から掴む。思考が妙な方向へ傾くのは、相当に疲れているからだ。局長になってまだわずかしか経っていない。そんな段階で結果を求めるのは早すぎるだろう。

成歩堂が弁護士として、そして夕神も検事として戻ってきた。これからなのだ。私はその為に一刻も早く、この根深い暗黒時代を終わらせて法曹界を正しい姿にせねば……

そうやって気持ちを向きなおし、疲労で重くなりがちな歩みに力を込めた。このような体たらくで運転しようものなら事故でも起こしかねない。適当にタクシーでも拾って帰ろうかと顔を上げた時だった。



"焼きたてパン!本日新作登場!"



「………」

そんなノボリが目に止まった。ついでに歩みも止まる。視線の先にあったのはこじんまりとした店だった。外装から見るに、コンビニだろう。入口近くに立てかけてある小さな黒板に、何やらチョークで書き込まれているようで、私は文字に焦点を合わせようと目を細めつつそちらへと近づいた。以前よりデスクワークが日課になったせいか、視力がまた落ちたような気がする。

黒板には、ノボリに書いてある焼きたてパンらしきメニュー名と、それぞれの焼き上がり予定時間が書き込まれていた。思わず腕時計で今の時刻を確認すれば、たった今焼きあがったような頃合だ。



焼きたてパン。



…特にここ最近は、食事ではなくて栄養で生きてきたような生活だった。コンビニという店構えに味への期待は持てないが、温かな食事というのは食指が動く。

私はほのかな期待を胸に、その店へ足を踏み入れたのだった。



***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ