I want youの使い方

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遠くに見える光の点を目指して駆けていくうちにバンジークスは市街地を抜け、森深いところへと入っていった。夜の静寂を破る馬の荒々しい走りに、驚いたフクロウが逃げていく。ばさばさと頭上で羽音が響き渡るが、バンジークスも馬も怯むことなく駆け抜けていった。

目指す光の、その明るさを次第に強く感じるにつれて何か…木が焼けるような匂いが漂ってくる。山火事か?と推測するバンジークスだったが、小高い丘の頂上に着いてようやくその全貌を知った。火事は火事だが、その対象は山でなく建物だ。激しく燃え盛る炎にたじろぐ馬を宥めながらバンジークスは颯爽と降り立つと、少し離れた木陰に馬を繋ぐ。そうしてから炎に吸い寄せられるように、ゆったりとした足取りで近付いていった。

『………』

ぱちぱちと火の粉が爆ぜる。建物の、その髄まで喰らい尽くさん勢いで燃える炎。赤々としたうねりを前に、声もなく立ち尽くすバンジークスだったが、ようやく我に返る。辺り一帯は拓けているが、火が森に燃え移れば大惨事だ。ヤードを呼ばねば…そう考えながら馬の所へ戻ろうとしたその時だった。



『!?』

2階バルコニー部分へ、炎の中から1人の人間が飛び出してきた。柵に捕まり、激しく咳き込んでいる。バンジークスは中に人がいる事実に戦慄したが、その人影をまじまじと見て…姿を確認した途端、全身に衝撃が走った。脳天から脊髄を一直線に割るほどの衝撃に弾き出されるように、バンジークスは叫ぶ。

『ライっ!!!』

「!?」

ライと名前を呼ばれた人影は、きょろきょろと辺りを見回しその方向を探す。バンジークスは再び、腹の底から叫んだ。

『ライ!!ライ!!!』

「………!」

ようやくバンジークスを見つけたライ……來は、驚いた表情で彼を見下ろす。大きく見開いた黒い瞳が、背後の炎で赤く煌めいていた。



いた…

生きていた。

この時代に、生きて――!!



『バンジークスさん!?』

『ライ!!』

バルコニーを見上げたまま、バンジークスはそのすぐ下へ回り込むと彼女へ向かって両手を広げた。

『来い!』

「!」

『飛び降りろ!ライ!!』

バンジークスの呼び掛けに、來は戸惑う。2階とはいえ、それなりに高さがある。何の訓練もなしにいきなり飛び降りるのは難しい。躊躇している彼女を真っ直ぐに見つめながら、バンジークスはもう一度叫んだ。

『大丈夫だ!ライ!必ず…必ず受け止める!!だから――…!』



だから

だから、どうか…!



『私の元へ来い!ライ!!』

「――…」

見上げるバンジークス。見下ろす來。2人の視線が交錯する。未だ勢いが衰えぬ炎の中、來は唇を引き結んで覚悟を決めると、飛び降りようと柵に身を乗り出した。

しかし…

「…!」

『!?…ライ!』

今まさに飛び降りようとした來だったが、急に背後を振り返ると慌てたように柵から離れ、建物の中へと戻ってしまった。予想外の行動に愕然とするバンジークスだったが、戻った彼女と入れ替わるようにもう1つの人影がバルコニーへ飛び出してきた。白衣を着た…医師らしい男をじっと見ていたバンジークスは、はっとなる。彼は確かあの時の……

『………』

『…バッ、バンジークス卿!?』

医師も階下にいる彼に気付いたらしく、ぎょっと目を剥いてこちらを見下ろしてきた。しかし、すぐさま…あの時の柔和な表情とは正反対の、憤怒の形相でバンジークスを睨み付け、声を枯らして絶叫した。

『きっ……貴様なんかに!彼女……女神はっ!!女神は渡さないぞ!!!』

『………女神、だと?』

思わず呟きが漏れたが、医師には聞こえなかったようで彼もまた建物の中へ戻っていった。誰もいなくなったバルコニーを見つつ、バンジークスは考える。何が起きているのか…経緯も何も分からないが。

來が建物へ戻って、すぐに現れた医師。飛び降りようとした彼女がそれを中断して建物へ戻った理由が、医師にあるとしたら。

医師が言う"女神"が、來を指しているとしたら。

2人の今の状況は、追う者と追われる者。

來を拉致したのは……



『………』

バンジークスは炎を…いや、炎の中を睨みながらマントの留め具を外し、その場で脱ぎ捨てる。黒いマントが広がってふわりと音もなく地面に落ちていく中、腰に下げたサーベルをさらりと抜き放ち、建物へ歩み寄った。

炎の勢いは、一向に収まる気配がない。が、バンジークスはまっすぐ前を見据えたまま、燃え盛る建物の中へ入っていったのだった。



***続
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