I want youの使い方
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『私、カンチガイしてましタ。あの――…』
『?』
もじもじ口ごもる來の脳裏に、昼間……成歩堂と寿沙都から"I want you"の本当の意味を教えてもらった時の事を思い出していた。
***
【"I want you"とは"貴女が必要"という意味ではなく、本当は――…】
羞恥で頬を赤らめつつも真剣な表情で説明しようとする寿沙都を、來は同じくらい真剣に見つめる。
【本来の意味は……ずばり、閨事です】
きっぱりと断言した寿沙都を穴が開くほどにまじまじと見つめていた來は、同じくらいきっぱり発言した。
【………………すみません。"ねやごと"って、どういう意味ですか??】
そんな質問に、寿沙都ははっと息を飲んで…赤い顔を両手で覆うと勢いよく俯いた。
【そんな…一ヶ谷さまの年齢は、寿沙都と同じくらいだとお見受けしたからご説明しましたのに……閨事も知らないほどウブでいらっしゃるだなんて――…!嗚呼、お父様御免なさい。寿沙都はなんてはしたない娘なのでしょう!】
【…………】
あまりの嘆きように唖然とする來だが、"閨事"が"はしたない"のだということは理解でき、同時に"はしたない""閨事"が"I want you"の本来の意味なのだということも理解して……來は愕然とした。
まさか。
まさか、そんな…
【あの〜…寿沙都さん。もうずばりと聞いちゃいますけど。その"ねやごと"って…………"エッチ"っていう…意味ですか??】
【――…あの。"えっち"って、アルファベットのHですか?】
【…………】
成歩堂からそんな風に尋ねられて、同じ日本人とはいえ時代が阻む言葉の壁を痛感した來である。
【えっと、だから、あの…………男女が、何というか、主に夜間にそのようなアレなコトをどうこうする的な……ソレですか?】
【…………………………】
凄まじくぼかした來の説明に、気まずそうな成歩堂と顔を隠したままの寿沙都は同時にこくりと1つ頷いた。
マジか。
【…………】
今度は來が赤面して黙り込む。
【あの…"want"とは日本語で"欲しい"という意味なのです。例えば"こうして欲しい・ああして欲しい"みたいな感じで使う単語で、それ自体はちっともその…いかがわしくないのです。でも……】
成歩堂が気まずそうにぼそぼそと、しかし丁寧に説明する。
【"I want you"になると"私は貴方が欲しい"となって、それが転じて……その、そういった意味合いになってしまうのです。異性間で言ったり、寝室などで使うと…もうモロに】
【モロに………………】
最後の言葉を反芻して、來はぼんやりと思い返す。バンジークスに初めて"I want you"と言ったのは、確かここに来たばかりの頃に連れていかれた病院のロビーだった。置いていかれると思って慌てて彼の後を追いかけて…"私には貴方が必要だ"と、本心からそう思って叫んだ。彼は驚いて立ち止まったのだが、あれは突然大声で叫んだからだとばかり思っていた。
なのに。
公衆の面前で"貴方とヤりたい"なんて叫ばれたら、それは驚くだろう。しかも…あの時のだけでなく、ラディとノーラの前でも言ったことがある。そうやってじっくり思い返す來の顔色が、どんどん青くなっていった。あの台詞を参考にした映画は恋愛モノで、確かにそういう台詞が出てもおかしくない。おかしいのはそんな訳をした字幕か、勘違いした自分か。
【………………あの。じゃあ、"貴方の助けが必要です"って、ホントはどう言えばいいんですか?】
【そうですね……】
***
『私はバンジークスさんを信頼してて、貴方の助けが必要なんですって、そう言いたかったんデス。"I want you"じゃなくて……"I really need your help"っていうか…………』
『………』
來のしどろもどろな説明をじっと聞いていたバンジークスだったが、フッと鼻で笑った。
『どちらでも大して意味は変わらん』
『そっ。そんな事ないデス…!』
『どちらでも、そなたが私自身を欲した事には変わりない。まぁ……ソレを人前で言うのは、少しばかり遠慮して欲しいが』
「…………」
うっ、と呻いて黙り込む來。気落ちした様子の彼女を尻目に、バンジークスはミサンガを結び付けた手首を軽く掲げて見やった。
『このミサンガとやらが切れた時、願い事が叶うと?』
『え?…………は、ハイ』
『ハサミを使わずとも自然と切れるのか?』
『時間はかかりまスが……多分』
説明を受けながらミサンガを見ていたバンジークスは、ちらりと視線を來へ向けた。
『何を願った?』
『エ?』
『結んだのはそなただ。どのような願いをこの紐に託した?』
そう訊かれて、來は焦る。特にこれという事は考えないまま結んでしまった。でも"切れたら願い事が叶う"と説明した以上、何かそれっぽい答えを言わねば。
『えっと…………あ。サイバンです!バンジークスさんが、サイバンでたくさん勝ちますようにと願いましタ!』
当たり障りのない、無難な答え。しかし、バンジークスは苦笑しながら口を開いた。
『……元の時代に帰られるように、とは願わなかったのか?』
『え?………………あ』
そういう手もあったな、と遅ればせながら気付く來である。そんな事、全然思い付かなかった。
『そう!そうですね!!思い付かなかったデス』
『…………』
己の迂闊さを無邪気に笑う來を、バンジークスは目を細めて見つめた。
***続