I want youの使い方

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「違うんですね!?私、間違った使い方してたんですね!?!」

「………う、うーーーーん。まぁ、その…"貴方が必要"という使い方も……海のように広い解釈ではあってるとも言えるような…」

「成歩堂さま!!そのような破廉恥なことを乙女に言うのは如何なものかと!!!」

遠くを見つめてぼやく成歩堂に、寿沙都が顔を赤らめて猛抗議する。そんな2人のやり取りに、來は目眩を覚えた。単なる間違いではなく、かなり酷い間違いをしてしまったようだ…しかも、恥ずかしい方向で。

「お願いします!教えてください寿沙都さん!"I want you"って、本当はどういう意味なんですか!?」

「そ、それは――…何と申せばよいのやら…」

「……成歩堂さん!教えてください!!」

弱々しく口ごもる寿沙都から成歩堂に矛先を変えて、來は必死に請う。最初は戸惑っていた成歩堂だったが、ふーーーっと深く息を吐くと來を真っ直ぐ見た。決意を秘めた強い視線に、來は身構える。

「分かりました。教えましょう」

「なっ…成歩堂さま!?そんなイカガワシイことを乙女に向かって…!」

「そんな、僕だってこんな事を女子に面向かって教えるのは恥ずかしいですよ。でも、間違った解釈のままだと一ヶ谷さんが一番困るし、それに恥ずかしい思いをするじゃないですか」

そう言い切った成歩堂は、「知るは一時の恥、知らぬは一生の恥ともいいますし」と、まるで自らに言い聞かせるように呟く。決心したらしい彼に、寿沙都は「確かに、それもそうですね」と赤らんだ頬を俯かせ、そして再び顔を上げた。

「ならば、この寿沙都が代わりにご説明致します。成歩堂さまが…いえ、日本の男子が今から恥を掻こうというのを見過ごすのは、大和撫子の名折れです」

「…………」

仰々しいやりとりに、ホントにどんな酷い間違いをしでかしてしまったのかと來はびくびくする。



そうして。



立ち尽くす來に寿沙都が向き合い、赤らんだ頬をさらに紅潮させて口を開いた。

「一ヶ谷さま。"I want you"とは"貴方が必要"という意味ではなく、本当は――…」














それから数時間後。時刻は夕方。

大英帝国の公園を、來は呆然としたままのろのろと歩いていた。

「…………」

鈍い歩みの足元を、木枯らしが小さく駆け抜けていく。暮れゆくにつれて長く伸びる影にぼんやりと視線を落としつつ、來の脳裏には数時間前のことが思い起こされていた。



【"I want you"とは"貴女が必要"という意味ではなく、本当は――…】







「…………う」

思わず漏れた呻き声。すごく言いにくそうに、それでも教えてくれた寿沙都と、その場に居づらそうな様子の成歩堂の顔は忘れられそうにない。覚悟はしていたが、まさかそういう意味だったなんて………

教えてくれた2人が立ち去った後。來はベンチに力なく座り直し、作業を再開した。刺繍糸を編み込みつつも時折ふっと…過去に自分がバンジークスに"I want you"と言ってしまった場面が脳裏に呼び起こされ、その度に羞恥に身悶えし……そうやって心を掻き乱しながらも何とか作り終わった頃には陽は傾きだしていた。夕暮れが深まるなかを來はとぼとぼと歩いて帰路につく。



………

……

…このプレゼントを渡すついでに、"I want you"についての自分の勘違いを説明しよう。



そんな重く暗い決心をした來が、ぼんやりとしたまま何気なくコートのポケットに手を入れた時だった。

「………?…あれ?」

ポケットの中を探る指先に何の感触も当たらなくて、更に深く手を突っ込む。するとポケットの底からにょきっと指が突き出てきた。ひんやりとした空気をにょきにょきとかき混ぜながら、來ははっと我に返る。




――…落とした!!?



なけなしの財産を惜しげもなく使ってまで手に入れた刺繍糸。それで今までこつこつと作り上げた…バンジークスへのプレゼント。ポケットに入れたはずのプレゼントが、ない。

「………うそ」

一気に血の気が引く。大きな焦燥感が一瞬で足元に落ちて、來は慌てて来た道を駆け戻った。

「うそ…どうしよう……どうしよう………っ!」

徐々に暗くなっていく公園の中を、來は今にも泣き出しそうな表情でさ迷い始めた。



***続
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