I want youの使い方

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今回のお出掛けはノーラも参加するらしく、いつもより改まった格好でバンジークスらと共にキャリッジへと乗り込んだ。そうして皆を乗せた馬車は、いつものように郊外…ではなく、人通りの活発な場所で止まる。出発してから十数分、これまでよりも近場に到着した事に疑問を覚えつつ、來はバンジークスの手を借りてキャリッジから降りた。

「………わぁ」

目の前にそびえ立つ大きな建物に、來は感嘆の声をあげてぽかんと見上げた。石造りで、細部にまで凝ったデザインが施された豪勢な建物だ。そこに人々が多く行き交い、周囲は活気に溢れている。一体ここはどこなのだろう…そんな疑問に気付いたのか、傍らに立つバンジークスがそっと口を開いた。

『駅は、分かるか?』

『エキ――…れっしゃ、はしる』

來の拙い答えを聞いて、バンジークスは暫し彼女を見つめてから頷くと『では、行こう』と歩き始める。彼のエスコートに支えられながら建物……駅構内へ入り、プラットホームへ向かうとやがて黒くてどっしりとした機関車の姿が見えてきた。利用客と、彼らに商売をする人とで一段と賑わいを見せる群衆を見下ろすかのような、威風堂々たるその雰囲気に胸の奥が郷愁にかられる。

『大英帝国が誇る、蒸気機関車だ』

ふと呟いたバンジークスを見上げる來。彼は機関車をまっすぐ見つめている。"Steam locomotive"……スチーム。なるほど、"Train"じゃなくて、スチーム・ろこも……なんだっけ?大英帝国に来て7日目。多少英語にも慣れてきたと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。元の世界に帰られたら英語の必要性はなくなるが、受験の足しになるくらいは上達したいなとひっそり思う來である。

『申し訳ありません、御主人様。今日は2等客車しか空いておりませんようで、この度は我々と同室になります』

『構わん』

短く了承つつ、バンジークスは來を伴ってラディが押さえた客車へ向かう。こういう体験は初めてだが、彼のエスコートは何というか…洗練されていて完璧だ。長身な彼は本来の歩幅も広いだろうに、今は自分に寄り添うようにゆったりと歩いてくれている。馬車から降りる時はさりげなく手を貸し、歩く時は必ず自分の手を取って車道側に自ら立ち、常にこちらを気遣い…こんな風に大切に扱われると、何だか自分が彼にとって特別な存在なのかと錯覚してしまいそうだ。

そういえば……

「…………」

バンジークスを見上げる。彼には誰か――…特別な人がいるのだろうか。結婚しているような感じじゃない…けど、意外と結婚してて奥さんがいるとか。それか婚約者とか。これだけ女性の扱いに慣れてるのだから、彼にはきっと素敵な女性がいるに違いない。

『……何か?ミス・イチガヤ』

「!」

さすがに気付いたのか、バンジークスがちらりと視線だけを來に向け、問いかける。瞬間、來ははっと目を剥いて慌てて前を向いた。妙な邪推をしていたのを見透かされた気がして、何だか胸がドキドキしてくる。何も答えない來にバンジークスはそれ以上の追究はせず、客車へ乗り込んだのだった。



***



2等客車は個室で、木製の内装は客車というよりいつも乗るキャリッジの中とよく似ていた。2人1組で向かい合って座ったものの皆一様に無言で、静けさだけが続く空間にそわそわする來は、思いきって口を開く。

『アー……われわれ、ドコ、行ク、ですカ?』

ラディとノーラは話し出した來に視線を向けるだけで何も言わなかったが、バンジークスだけは「Psychic」とだけ端的に答える。聞き慣れない単語にきょとんと彼を見つめていると、バンジークスは徐にラディを呼びつけて彼から1冊の本――…英和辞典…――を受け取るとぱらぱらとページを捲ってとある単語を來に指し示した。彼が指差す単語を覗きこんで、次の瞬間。來はぎょっと目を剥く。



Psychics
意味:霊能者、超能力者



自分はどこに行くのかと尋ねたら、バンジークスの答えはPsychics、つまり"霊能者"で。

………

……

…これ。

マジで?

「………」

思わずバンジークスを見る來。彼は至って真面目な表情でこちらを見ていたが、來が理解したのを察したのか辞書を閉じてラディへ返すと再び正面へ向き直ってしまった。サイキック…霊能者――…そんな非科学的というか超常現象なんかを信じる人には見えないが、実は意外とオカルト好きなのか?真顔で正面を見つめるバンジークスを、來はまじまじと見つめながら思う。

『それにしても、楽しみで胸がワクワクしてしまいますわ。かの有名な霊能者にお会いできるやもしれないなんて…』

『………まったく。御主人様お一人に、僕にメイドが2人付くなんてバランスが悪すぎますからな。貴方が行きたいなどと言い出すから、この娘を淑女に仕立て上げなければならなくなったのですぞ』

『まぁ!ずっとお留守番でしたのよアタクシ。彼女の"秘密"の関係者なのですから、仲間外れはイヤですわ』

『秘密っ……そ、それが本当かどうかはまだ分からな――…』

『本当かどうか確かめる為に、今から会いに行くのだ』

唐突に口を開いた主人に、使用人2人はぴたりと押し黙る。バンジークスは両腕を組んで目を閉じたまま、泰然とした態度で座っていた。

『彼女の存在は、最早我々の理解の範疇を越えている。それを敢えて理解するには、同じように理解の範疇を越えた者に"診察"してもらうしかない。"霊能など非科学的である"という固定観念を捨てない限り真実は明らかにならず、それでは今後の"扱い"に困る』

そう低く語るバンジークスは、傍らに座る來にちらりと視線を走らせた。会話に付いて来れない彼女は、いつの間にか窓から外を眺めている。

『………手段を選んでいる場合ではない』

そう締めくくった主人の言葉に、使用人2人は無言のまま同意したのだった。



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