I want youの使い方

□04
3ページ/3ページ


バンジークスとラディが押し黙る最中、ノーラだけはどこか興奮したように瞳をきらきらさせていた。

『ドキドキしてしまいますわね!未来からやって来た人が、こうやって目の前にいるだなんて!どこぞやの予言書は"1999年に世界が滅びる"なんて書いてあったようですけど、やっぱりガセだったんですね!』

『………』

『あぁ、こんな神秘的で不思議な体験が出来るなんて…ノーラは感動で胸がいっぱいでございます!こういう説明できない奇妙な事は必ずやあると信じてましたから!!』

『………確かに。非常に高度な文明の代物であるのは間違いない』

目を閉じたバンジークスが両腕を組みつつ低く呟く。しかし、すぐさますっと瞳を薄く開いて來を見下ろした。

『しかし。それが"貴嬢が未来から来た"という証拠にはならない』

『……?』

『証拠に、ならない』

『…ショーコ、ナラナイ?』

『そうだ』

『――…ナゼ?』

きょとんと瞳を丸くして來は純粋に尋ねる。バンジークスは真顔のまま答えた。

『そのスマートフォンとやらが、本当に2015年に作られた物なのか…我々には分からないからだ』

『………』

『意外に…もう既に発明された物かもしれん。政府が極秘裏に開発した産物という可能性もある。ソレが"未来から来た証拠"となり得る為には、確かにソレが"2015年に作られた"という事を我々が知っていないと成り立たんのだよ』

バンジークスの主張に、控える使用人ははっと息を飲む。だが來は、相変わらずきょとんと彼を見上げていた。

『――…ラディ。紙とペンを持ってきてくれ』

『かしこまりました』

どう見ても最初から最後まで…1mmたりとも意味が通じていない様子にバンジークスは頭を抱えつつラディに命じ、やがて運ばれてきた紙とペンを受け取るとさらさらと流れるような筆記で文字を書きつけて、和英辞典と共に來に突き出した。

『訳せよ。英会話能力はともかく、文字は読めるようだからな』

『………』

おずおずと紙と辞典を受け取った來だったが、書かれている達筆な筆記体を困ったように見つめると、ぼそぼそと恥ずかしそうに呟いた。

『アー……ごっ、ゴメンナサイ…読メマセン……コノ字。ワタシ………ぶろっくのタンゴ ダケ 読メルデス』

『………』

日本の英語教育で筆記体が必修だったのは今や昔。2002年を境に教師の裁量に任されてからは筆記体を学習に取り入れる学校は激減し、もちろんその時期にどんぴしゃ当てはまる來も習った事がなかった。

一瞬。絶句したバンジークスだったが、溜め息を深く吐き捨てながら『日本人はいつの時代も不勉強で困る』と愚痴りつつも、再びペンを走らせたのだった。

今度は、綺麗なブロック体で。



***



…英語の授業を受けてるみたい。

そんな感想を胸に秘めつつ、來は英和辞典片手にバンジークスの書いた文章をこつこつと翻訳していた。スペルの1つ1つを辞典で調べ、その意味を使い慣れたシャーペンでちまちまと書き込んでいく。なかなか時間が掛かる作業だが、バンジークスは急かす事もなく、ゆったりと椅子に腰かけたまま來の翻訳が終わるのを静かに待っていた。

でも…と、來はふと顔を上げてバンジークスを見る。落ち着いてよく見ると……うん、かなりっていうか物凄いイケメンだ。眉間にある傷も、こう言っては不謹慎かもしれないけどカッコイイ。大きな体格といいカチッとした服装といい、彼は軍人とか騎士なのかな?モデルってこの時代にいたっけ?こんなカッコイイ人が英語の先生だったら、自分ももう少し英語が好きになれたのにな。職員室に英語を教えてもらいに毎日通っ――…

『……私の顔が、どうかしたか?』

『………』

真っ正面からじーっと見つめていた來に、バンジークスが問い掛ける。問い掛けてきたのは分かるが、やっぱりその意味までは分からない來は、へらっと笑って真っ正直に答えた。

『私ハ、アナタがヒジョウニ 美シイ顔でアルと 思イマス!』

『……っ!』

表情を強張らせたバンジークスの反応に、思わずぶふっと笑いを堪えるノーラをラディが睨み付けた。

『…そのような事はどうでもいいから、早く訳せ』

俯いて咳払いしたバンジークスの姿を、來は"照れてるのかな?可愛いなぁ"とポジティブに解釈して満面の笑みを浮かべたのだった。

そうして、こつこつと訳したバンジークスの文章の意味をようやく把握した來は、笑顔から一転して表情を深刻なものにする。彼の"未来から来た証拠"の要求レベルは、思っていたよりずっと高いものだと、この時初めて分かったのだ。ただ単に未来から持ってきた物を見せても、それの凄さが分かるだけで本当に未来からの物かどうかは彼らには分からない。撮影じゃなくてスマートフォンに保存してあった写真や動画なんかを見せるべきだったろうかと後悔したが、それも結局"本当に未来の写真だ"と彼らが知らない限り、証拠にはならないのだ。

「………っ」

どうすればいいだろうか。どうすれば分かってもらえるだろうか。自分が彼らの立場なら、どうすれば納得するだろうか。2015年に出来て、1900年に出来ない事は――…?

來の答えを待つように、バンジークスは腕を組んだまま彼女を見ていたが、眉をしかめてぐるぐると深く考え込む來の悲壮感漂う表情に、ふーっと長い溜め息を吐いて目を伏せた…



その時だった。



『………有罪ノ話!』

『!?』

來の言葉に、バンジークスが弾かれたように顔を上げる。彼女は先程の憂鬱な様子から一転して真剣な眼差しで、ある本を食い入るように見ていたのだった。



***05>>
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ