I want youの使い方
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「いやいや、あの娘は命を拾いましたな。発見があと数十分遅かったら、今頃神に呼ばれていたじゃろう」
ころころと転がりそうな丸い体型の医師が、顎に携えた白い髭をもしゃもしゃ触りながら朗らかに伝えてきた。己の身の丈の半分ほどしかない医師を見下ろすバンジークスは「娘の今の容態は?」と彼に尋ねる。
「アザや傷があるが、命に別状はない。まぁ、多少貧血の気が見られるが、明日の朝には気が付くじゃろ」
「そうか…」
「幸い凍傷もしとらん。が、体温が下がりすぎて意識障害が起きとる。よくよく温めてくだされ」
「心得た」
言葉少なに相槌を打つバンジークスに帰る素振りを見せた医師だったが、すぐさま「あぁ、それとな」と呟きながらもう一度彼を見上げる。
「目覚めても、内臓はまだ冷えたままで動きも鈍い。最初の食事は消化のいい野菜スープなんかがいいじゃろうな」
「…分かった」
「東洋人ならばパンよりコメじゃろうて。ジンジャーを効かしたリゾットなんぞ、体を中から温めてくれるから今のあの子にぴったりじゃ」
「……分かった」
アドバイスを終えると、医師はその場を後にした。付き添うラディと共に帰路に付く医師を見送ったバンジークスは、静かに2階への階段を登ると少女が運ばれた主寝室に向かう。しんと静まり返る室内をドア越しに窺いながら、バンジークスはノックをせずにドアを開けた。
室内灯は落とされていて部屋は闇に包まれているが、ベッドサイドのテーブルに佇むランプが仄かな光を放っている。その明かりに天蓋付きの大きなベッドが照らされて、闇に沈む寝室の中にぼうっと浮かび上がっていた。そんなベッドに、1人の少女が寝かされている。シーツが形作る小さな膨らみを、バンジークスは目を細めて見つめてから足音を殺してベッドに歩み寄っていった。
「………」
ランプが見守る中、仰向けに眠る少女の顔に赤みが差しているのをバンジークスは無言のまま確認してから、徐にシーツを少しだけ持ち上げて彼女の手首を掴み取る。そっと柔らかく持ち上げたその手を、バンジークスはじっと見つめた。
「…御主人様。いかがなされましたか?」
医師の応対を終えて、ラディが寝室へやってきた。バンジークスは呼び掛けに振り返らず、掴んでいた少女の手を元の場所に戻してシーツを被せる。
「………御主人様?」
「綺麗な手をしている。労働階級者ではないようだ」
主人が語る検分をラディは静かに聞き、そっと尋ねた。
「では……やはり売春婦?」
「いや。持ち物を見せてもらったが、違うだろう」
バンジークスは少女の頬にそっと指を滑らせ、その指先を確認する。
「化粧をしている様子もない。私が発見した時も、化粧はしてなかったように見えた。だから、売春婦ではないだろう」
「では、この娘は一体……?」
「――……」
ラディの問い掛けに答えず、バンジークスは少女を見下ろす。穏やかに眠る彼女を暫く見つめてから、来た時と同じように足音を殺してベッドから離れた。
「今夜はもう休む。ナイトティーを持ってきてくれ」
「かしこまりました。寝室はあの娘が使ってますので、今宵はゲストルームに就寝の準備をさせていただきましたが」
「構わん。彼女はあのまま休ませてやれ」
「……はい」
主寝室から出ようとするバンジークスの為に、ラディは先回りしてそのドアを開ける。バンジークスはそのまままっすぐに廊下へと出ると、徐に振り返り部屋の中央にあるベッドを見た。
「………」
静寂が満たす空間に灯る、ささやかなランプの明かり。その明かりに浮かぶシーツの膨らみは、先程と変わらず静かなままだった。そうやって見つめる光景は、ラディが閉めるドアによって閉ざされた。
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