I want youの使い方

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収容されているという男の病室を訪ねるべく、バンジークスとラディは揃って神妙な面持ちで病院の廊下を歩いていた。

『……その男は、いつからここに?』

歩きながら、バンジークスは自分達を案内するヤードへ問い掛ける。廃病院とはいえ、不審火なので警察の調査が入っているのだ。ヤードはそのまま先導しながら『はっ!』と力強く返事をした。

『鎮火した後に現場捜査したところ!瓦礫に埋もれているのを発見し収容しました!ですので2週間ほど前からになります!』

『………生きているのか?』

『はっ!当時!自分も!その場面に居合わせたのですが!最初はさすがに死んでるものだと思っておりました!何せ!全身酷い火傷で真っ黒でしたから!』

『………』

意気揚々としたヤードの答えに、バンジークスは様相を更に険しくする。

『…ヤツが退院すれば、懲りずにまた娘を付け狙うのでしょうか?』

『何とも言えん。ひとまず、今は状況を確かめる』

ヤードの耳に入らないよう交わされる2人の会話。珍しく焦燥に駆られているらしい主の様子に、ラディもまた表情を重くさせた。付け狙うならまだしも、彼女の"正体"を世間に公表されでもしたらとんでもない騒ぎになってしまう。

やがて、該当する病室の前で立ち止まったヤードは、そのドアをノックもせずにガチャリと大きく開け放ち、バンジークス達の入室を促す。2人は促されるまま、流れるように病室の中へ足を踏み入れた。個室のようで、薄暗くこぢんまりとした部屋にはベッドが1つ。そしてそこに、全身を包帯でぐるぐるに巻かれた男が仰向けで寝かされていた。

『………』

男を確認した瞬間、バンジークスの表情が険悪さを増す。無意識に拳が固く握りしめられ、白手袋がぎゅっと小さく鳴く。今にも殴りかかりそうな迫力に、ドアの傍に控えたままのヤードはごくりと息を飲んだ。暫くその場に立っていたバンジークスは、やがて意を決したように1歩1歩踏みしめながらベッドへ歩み寄る。

近づくにつれ、何か…低い呟きがぶつぶつと聞こえてくる。それは明らかに男のもので、バンジークスは傍に寄りながら耳を澄ませた。

『………ふっ。ふひ。ふひひ。ふひひは。ふひははは……ふはははははは…』

『……』

その呟きは、小刻みな笑い声だった。不気味な響きに、バンジークスとラディは揃って眉をひそめる。包帯まみれの男は、唯一巻かれていない口と目をぱっくりと開けて、天井に向かってぶつぶつと笑っていた。すぐ近くまでやって来たバンジークスの存在にすら気付いていないようだ。

と、いうより…

『………』

バンジークスは眉根を寄せたまま、男を注意深く見下ろす。彼は、何も見ていないようだった。ただ寝転がり、そこにたまたまあるだけの天井に向かってぶつぶつと笑っている。むしろ…周りを見ようとは"思い付かない"のかもしれない。

『……男を診た医者はなんと?』

『――…は、はっ!その…!一命はとりとめたとの事でして!ただ…!その……!精神的に非常に錯乱しているようでして…!』

しどろもどろなヤードの必死な説明に、バンジークスはベッドの柵にくくりつけられた小さな看板を見る。そこには【妄言を呟きますが、好きなだけ言わせてあげてください】と、書かれてあった。更に続けて【彼が抱える物に触らないで下さい。暴れて非常に危険です】とあり、バンジークスは改めて男を観察する……確かに、男は何か黒っぽい物を両腕でしっかと胸に抱き締めていた。きちんと確認できないが、



四角い何か…


――…本、のような…



『…………男は何を持っている?』

"本"の可能性に行き着いたバンジークスは、男を見ながら再びヤードに問い掛ける。すると彼は『はっ!』と敬礼をしてはっきりと答えた。

『ただの瓦礫であります!』

『………間違い、ないのか?』

予想外の…そして拍子抜けな答えに、バンジークスは戸惑いつつも再度確認する。ヤードはやはりきっぱりと答えた。

『男が"予言書"だと言うもので!密書の類いかと確認したのであります!ものすごい暴れて抵抗されましたが!間違いなく瓦礫だと確認いたしました!』

良く見れば、ヤードの顔には至るところにアザや引っ掻き傷が出来ている。『焼け落ちた建物の一部ではないかと!』と締め括られた言葉を耳にしながら、バンジークスは静かに男を見据えた。

『………ふひひは。ふひひ、こっこれ……コレ……よげんしょ――…ッ、ボクのモノだ…ふはひひ……コレがあれば………ぜんぶボクのだ――…ふはははは…はは』

『………』

瓦礫をしっかりと抱え、終始天井に語り掛ける男。その異様さにバンジークスは目を細めた。

『現場から本の類いは発見されたか?』

『はっ!基礎や建物の骨組みは残っておりますが!その他のものはすべて焼き尽くされた模様で!これといった物は何も発見されておりません!』

『………そうか。して、この男は…今後どうなる?』

『診察した医者によりますと!火傷がある程度回復したのち!別の病院へ移すとの事です!そこで今度は……その、精神的なアレの治療を――…』

『………』

言い淀むヤードの、その台詞に含まれる"意味"を読み取ってバンジークスは目を伏せる。特別な患者の為の隔離病棟…男のこの状態を見る限り、例えそこへ転院しても回復は見込めないだろう。そう悟ってから、ゆっくりと目を開けて男を見た。男は変わらず天井に向かってぶつぶつと笑っている。

『……幸せそうで、何よりだ』

『…は?』

『いや――…"極秘捜査"への協力に礼を言う。非常に有益な手かがりを掴むことが出来た』

ヤードを振り返り、バンジークスは軽く黙礼する。彼は頬を紅潮させて『はっ!お役に立てたようで光栄であります!!』とびしりと敬礼をした。そんな彼を尻目に、バンジークスは病室を後にする。ラディもまた主に倣ってその後ろを付いていった。

『…因果応報とはまさにこの事。哀れな末路ですな』

ラディがぼそっと吐き捨てるように感想を口にする。バンジークスはくっくっと喉を鳴らして笑った。

『哀れなものか。現実から離れ、夢の世界に浸っていられるのだ。心底幸せであろう……本人の中では、な』

嘲笑が滲むバンジークスの言葉に、ラディもまた含んだ笑いを浮かべて『左様でございます』と呟いた。



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