恋愛無関心症患者のカルテ
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「彼奴らが犯した犯行の数と内容、そして関わってきた時間…どれもそれなりの規模だ。はっきりと量刑が確定するまで幾度となく裁判は開かれ、それに伴い時間も掛かる」
「…そうですか。いや、そうですよね」
「しかし。極刑は免れまい。被害者があまりにも多すぎる」
「………そう、ですね」
御剣の言葉に、唯はふっと視線を伏せる。翳りを見せる彼女の表情に、御剣は床に置いたままだった紙袋を手に取った。
「――…君に、見せたいものがある」
「見せたいもの、ですか?」
翳っていた表情が少しだけ和らぎ、伏せていた視線をこちらへと向ける唯に、御剣は安堵の溜息をそっと付くと、紙袋から中の物を取り出した。
瞬間、唯の瞳が驚愕に彩られて大きく見開かれる。
「それ――…っ!」
「君の証言によれば、これは凪原桜子…君の母親の所有物のはずだな」
御剣は片手ほどの小さな鳥籠を持ったまま、唯に見せるように掲げた。その鳥籠の中には天使が1人、止まり木に腰掛けている。間違いなくグループFが取り仕切っていたオークションで落札された、あのオルゴールだった。
「どうして…それ――」
信じられない、そういった様子で呟く唯に、御剣は鳥籠を差し出す。
「君が入院している間も、捜査は続いているという事だ。彼奴らがオークションで売りさばいていた盗品は、まだ全部ではないが徐々に落札先が判明しつつある。これは判明して戻ってきたうちの1つだ」
「………触っても、いいんですか?」
「もちろん。その為に持ってきた」
さぁ、と促され、唯はおずおずとオルゴールへ手を伸ばす。仰向けに寝たままの体勢で受け取ったのを見届けると、御剣は手を引っ込めた。
「証拠品としての調べは終了している。序審が結審した今、申し出があれば元の持ち主に返却しているが…本人の手続きが必要だ。悪いが、今は見せるだけしか出来ない」
「………」
御剣の説明を無言で聞きながらじっと鳥籠を見つめていた唯は、徐に台座部分にあるネジをキリリとゆっくり回した。
………
……
…
「――…」
凛とした、美しく清らかな旋律が病室の空気にゆっくりと溶け込むように広がる。音色に耳を傾ける唯の目尻から、ぽろりと音もなく雫が零れた。静かに涙を流す彼女を、御剣は眉間にシワを寄せつつ見守る。
「これ…私が結婚する時にあげるって――…お母様と約束したんです」
「そうか」
「――…曲名くらい、聞いておけば良かったな」
そう言って、声を詰まらせた唯は左手で顔を覆い隠す。嗚咽すら漏らさず、ただただ涙だけを震えながら止めどなく零す唯の姿に、御剣は唇を噛んだ。
「……」
御剣が、唯へ静かに右手を伸ばす。顔を隠す左手を柔らかく掴み上げてゆっくりとそこから外すと、未だ涙が溢れる目尻に指先を滑らせた。
そうやって御剣が繰り返し涙を拭ってやると、唯が濡れた瞳を彼へと向ける。まばたきすらせずまっすぐにこちらを見上げる彼女を、御剣もまたまっすぐに見つめ。
「――…」
唯、と名前を呼ぶ事なく、御剣はゆっくりと上体を倒すと唯の目尻に唇を押し当てる。
ほのかに温かい雫は、音もなく御剣の唇に吸い込まれていった。
***