恋愛無関心症患者のカルテ
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【貴方は…御剣検事、でしたな】
剛三氏に声を掛けられ、御剣は静かに目礼をした。以前の潜入捜査で見た時より痩せた印象を受けるが、その分、剛三氏が持つ精悍さがますます研ぎ澄まされているように感じる。
それもそうだろう…御剣は内心、そっと納得した。グループFが逮捕されて以来、その主犯格である不野山アキラの祖父・剛三氏はマスコミや世間の痛烈な反応の矢面に立ち、幾度となく謝罪会見や説明会見を繰り返している。
毎日のように騒がれ賑わうその情報量は相当なもので…こちらもうんざりしているのだから、当の本人はやつれもするだろう。
【この度は…アキラがとんだご迷惑を】
きっと何千回と繰り返したであろう謝罪を向けられて、御剣は深々と下げられる剛三氏の頭を見下ろす以外、何も出来なかった。返す言葉すら思い浮かばない。
【――…深見唯殿と、勝手ながら話をさせて頂きました】
【そう、ですか…】
【まさか……まさか、彼女があのっ…凪原家、の――…っ!】
頭を深く垂れたまま、剛三氏は途中で声を詰まらせ、震わせる。
【…やはり、知ってましたか。凪原唯を】
【えぇ、えぇ…もちろん。パーティーにも一家でよく来られて……彼女は母君とヴァイオリンを演奏してくださいましてな。それはそれは見事な二重奏でしたよ】
ゆっくりと顔を上げながら語る剛三氏の瞳は、微かに赤みを帯びて当時を懐かしむ穏やかな色が滲み出ていたが、すぐさまそれは苦悶に歪んだ。
【……彼らの事件にも、アキラが…アイツが関わっていたとは――っ!!】
【……】
忌々しげに吐き捨てる剛三氏に、御剣は何1つ言葉を掛けない。いや、掛けられない。孫の罪を責める事も詰る事も…逆に、貴方ではなく本人のした事ではないかと慰める事も。言葉全てが、的外れのような気がして。
【………アイツをただただ甘やかしてしまったのは事実。孫可愛さに、この剛三の眼も曇ってしまったようですな】
【――…罪は、彼本人のものだ】
御剣が思わず呟いた言葉に、剛三氏は一瞬だけはっと瞳を見開かせる。が、すぐさま哀しげに視線が揺れた。
【いや…良いも悪いも関係なく、ただただ彼の望むまま全てを与えてきた――…この老いぼれこそ、罪なのですよ】
【………】
【では――…】
そう言って、剛三氏は立ち去った。その小さな後ろ姿を、御剣はただ黙って見送る。
――…剛三氏は孫の罪を全面的に認め、被害者への賠償を滞りなく保証すると確約した。しかし…株の急落も併せ、栄華を誇っていた不野山財閥は解散せざるを得ないだろう。今回の事件は多くのあらゆるモノを巻き込み、飲み込んだ。関係も無関係も考慮せず。
豪華さと盛大さを極めた、あの宴の余韻を探すように、御剣は遠ざかる剛三氏の背中を最後まで見つめていた。
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