そんな時はどうぞ紅茶を

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異議あり



そう叫んだ成歩堂を、澪は驚いて見つめる。

狼狽える糸鋸を見据えながら、成歩堂は突きつけた人差し指を降ろすと、今度は写真を映し出しているスクリーンに目を向けた。

「この写真…よく見てください」

促されて、改めて写真を見る。

カメラ目線ではないが、トートバッグを肩から下げた澪が人ごみらしき中に混じって信号待ちをしている…というのも、澪以外の物のピントはぼやけていて、その形がはっきりと分からないのだ。多分、人ごみだろうと認識する感じなのである。

だから逆に、澪が何よりもより目立って写っている。

「これ…おかしいんですよ。いや、これだけじゃない、この写真全部おかしい」

「な…」

冷や汗を垂らしながら、糸鋸が言葉を失う。

「何がおかしいッスか!?可愛い子ッス!」

「被写体が問題じゃない。問題なのは、写り方なんです!」

成歩堂が声を張る。

「被写体である峰沢さんは、はっきりと写っています。服のシワから髪の1本1本まで…しかし、彼女以外の全ての物はぼやけている。手前も奥も関係なしに、全て」

「………」

御剣は無言で、両腕を組んだ格好で成歩堂の言葉を待つ。

「それに背景。ピントがぶれてて少々見づらいですが、これはビルの看板です。これが彼女のすぐ後ろに写って見える…しかし、この看板と彼女が待っている信号との実際の距離は10mほど離れているんですよ」

目を凝らしてスクリーンを見る。写真の中の澪のすぐ後ろに、よく目立つ黄色の看板らしい物が立っている。緑の字で"パーキング"と何とか読める看板は、確かバンドーホテルから家へ帰る途中にあるビルのものだ。

「実際の距離だと10m離れている看板が、何故この写真の中では彼女のすぐ背後に写って見えるのか…その答えは1つ」

ダン!

成歩堂は、目の前の机に手のひらを叩きつけた。

「この写真は、望遠レンズで撮影されたものだからだ!!」

成歩堂の発言に、法廷の空気がざわりと揺れた。

カァン!

裁判長の木槌が、揺れる空気を牽制する。

「静粛に!…成歩堂君。それはどういう事ですか?」

「望遠レンズの可能性を考えた僕は、この写真を大阪にいるカメラマンに検証してもらいました」

裁判長の言葉に、成歩堂は静かに説明を始めた。

「望遠レンズには"圧縮効果"と"被写界深度の浅さ"いう特徴がある。彼女以外のピントが合っていないのは、被写界深度が浅い為に起きる現象だ。

そして"圧縮効果"とは、2つの離れている被写体の距離が縮まって映る特徴。この写真の被写体と看板も、その圧縮効果によるものなのです」

「…それが何だと言うのだ、成歩堂。レンズがどうであれ、カメラはカメラ。杉田が意思を持って峰沢を撮影した事実は変わらない」

「そうだ、御剣。杉田が確かな意思を持って峰沢さんをカメラに収めたのは事実…だけどな、望遠レンズは遠くの物を大きく写す為のレンズだ」

瞬間。成歩堂が、御剣を強い瞳で射抜く。

「恋人を撮影するのに、遠くから撮る必要はない!!」

力強く断言する成歩堂のセリフに、一同は目を見開いた。

「検証してくれた大阪のカメラマンの見解では、撮影者と被写体との距離は約30mから50m前後。普通、そんな遠くから恋人を写さないだろう?」

それに、と成歩堂は続けた。

「証拠だという写真を全て見せてもらったが、1枚たりとて峰沢さんがカメラ目線になっている写真はなかった」

スクリーンに提示された写真にも、成歩堂の推測が見て取れた。澪は遠くを見ていたり、俯いていたりと目線は外れている。

「そして…こんなに沢山の、あらゆる場面の峰沢さんを撮影しているにも関わらず、杉田の別宅で撮影されたと思える写真もまた、1枚も存在していない!」

成歩堂は再び、机に拳を叩きつけた。

「長い時間を共にするほどの仲だというなら、別宅の写真がないのはおかしい!警察が言う"不適切な関係"は、明らかに矛盾している!」

成歩堂は厳しい表情で、人差し指を突きつけて高らかに断言した。

その先を、御剣にまっすぐに向けて



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