そんな時はどうぞ紅茶を

□06
3ページ/3ページ


あの額縁の中にある派手な衣装は何なんだろう。あれが彼の趣味なのだろうか。

あと、窓際に置かれているピカピカに磨きあげられたトノサマンと、隣でホコリかぶっている検事オブザイヤーと書かれた盾との差は、一体どういう事なのだろう。

そして机後ろの棚の中。戸もないので中がよく見えるが、あの紅茶のラインナップは凄まじい。わざわざホテルから取らずとも済むのではないのか?

――…やはり"不思議な人"だ。部屋の中も持ち主同様不思議に満ちている。

「………」

そして、その"不思議な人"は未だ眠り続けていた。時刻は16時半を回っている。そろそろ起きてもらわないと、支配人から要らぬ嫌疑をかけられてしまいそうだ。

「……よし」

仕方ない、心苦しいが起こしてしまおう。自分がここに来てから2時間半、仮眠としては上出来なはずだ。

意を決した澪は、ソファへ歩み寄ると御剣の傍で膝をついた。

そ、っと肩に触れる。

「……御剣様」

「………」

「…御剣様。起きてください」

「……ん、ぅ」

軽く彼の身体を揺すれば、御剣の眉間のシワが一層深くなる。小さく呻いてから、彼の瞳がうっすらと開いた。

良かった。あまり手こずることなく起こせそうだ。澪はほっと安堵の息をつく。

「御剣様。バンドーホテルの峰沢です。お紅茶、ご用意しましょうか?」

「――…」

焦点の合わない彼の瞳が、澪を捕らえる。

そして不意に、彼の手が伸びてきた。

「御剣様……?」

戸惑う暇も、避ける間もなく。

その手は、ふわりと澪の頬に触れた。

「………」

「………」

頬に、御剣の温もりがゆっくりと宿る。

視線が絡んで、目が反らせない。

やがて…御剣の口元に薄い笑みが浮かんだのを、澪は見た。



非日常に身を置く彼が

笑ってくれるなら



私は――





「………」

「………」

「――…!」

御剣のぼんやりとした瞳に、みるみる意識が戻ってくる。

その様子を、澪は一番近いところで見守っていた。

そして次の瞬間。

「っ!」

御剣が跳ね起きる。反動で、彼の手も離れていった。

「………」

先程まで触れていた頬に、ひやりとした空気を感じて、澪もまた現実へと戻ってきた。何だか無性に気恥しくて、頬に少し熱が集まる。

御剣は目を白黒させてこちらを見ていた。

「な…な……わ、私は…」

「………」

「ね、寝てたのかまさか……!今、今何時だ!?」

「16時47分です」澪は自らの腕時計を確認して告げた。御剣が更に狼狽える。

「に、2時間以上経っているではないか!何故起こさなかったんだ!」

「そ、その…お疲れのご様子だったので……ぎりぎりまで起こさずにいようかと」

「う…ム。し、しかし…その……君を待たせてしまった」

「支配人の指示ですので、ご安心を」

「…そ……そうか。支配人、の……そうか…」

ほんの少しだけトーンが落ちた声で頷く御剣に、澪は内心首を傾げた。やはり寝起きだと普段の印象ががらりと変わる。

「お紅茶はいかがいたしましょう」

「ム……頼む」

「では、ウヴァをお入れいたします。寝起きですので、ミルクを足しますね」

「任せる…」

澪は立ち上がるとワゴンへ戻り、早速準備に取り掛かった。

「………」

覚えてない、ようだ。

寝ぼけてたのだから仕方ない。

澪は、先程御剣が触れていた頬を指先でなぞる。



非日常に身を置く彼が笑ってくれるのなら

私は……



「私は…?」

あの時、自分は何を願ったのか。

澪はもう分からなくなっていた。



***07>>
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ