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未来捏造設定で、二人共アラサーくらいです。


とある夏の週末のこと、森山由孝は会社の同期と飲んでいた。
いわゆる大学時代からの行きつけの店だ。海鮮ものには定評があり、それでいてお財布にも優しい価格設定なので、飲みに行くとなれば真っ先にこの居酒屋を選んだ。

最近のうだるような暑さに、一杯のビールは骨身にしみた。我ながら、親父臭いことを考えるようになってしまったものだ、と思う。学生時代はなんでこんな苦いものがいいんだと思っていたが、趣味嗜好は年をとるにつれて変わっていった。でも、名物料理の海鮮の盛り合わせだけは、毎回注文している。



一緒にいる同期は、入社以来、同じ営業部署で営業成績を競い合ってきた奴だ。職場を離れれば、学生みたいにはしゃいで、同じ部署の誰それが可愛いとか、他愛ない話で盛り上がっていた。しかし、お互い特定の”彼女”というものができるようになってからは、必然的にその恋愛トークに花が咲いた。どちらかと言えば、奥手な彼のために森山がアドバイスを送る方が多かった。




けれど、今日は、一方的に同期から説教されるかたちになっている。


「お前、どうすんだよ。」


と。
森山の視線の先には、スマホ画面に映る一人の女性。彼女もまた同期の一人で、自分と同じ営業部署で事務をしている。付き合って3年半が経過し、恋人として一通りのことはして、お互いの両親にも会った。きっと、この先、この彼女と一緒に生きていくんだろうな、とも思っている。

だが、その先の一歩がどうにも踏み込めないのだ。
別に彼女に不満があるわけではなく、自分の気持ちの整理の問題だけだ。どう説明していいのかわからないが、尻込みしたまま今日までズルズルときてしまっていた。


あいつが同期にいよいよ泣きついたか・・・?
いや、そんな子じゃないし、ま、これも同期のいろんな意味での親切心ってやつかもしれない。同期は最初、森山の現彼女に想いを寄せていたのを知っている。だが、彼女が森山のことを好きだと知って、潔く身を引いたのだ。その彼女への想いは変な方向へこじれることなく、こうして彼女の幸せを思ってくれていることに、つくづくいい同期を持ったな、と思った。




「ちょ、俺、トイレ行ってくるから、ちゃんと結論だせよ!!」


同期が席を外し、森山は一人になる。
週末の居酒屋とあって、周囲の客は心置きなく酒や話を楽しみつつあった。
店内をぐるりと見回したそのとき・・・





「笠松・・・?」




カウンター席に見知った顔を見つけた。
見間違えることのないその顔。


一瞬、戸惑ったが、少し考えてから、カウンター席に近づき、声をかけた。



「よう、笠松ひさしぶり。」


「・・・お前・・・森山か!?」



そこに座っていた彼は、彼の周りだけまるで時が止まっているかのように、昔のままの外見だった。仕事帰りだから当然森山はワイシャツにスラックス姿だが、彼はTシャツにGパンというラフな格好だった。私服のセンスも変わっていない。
お互いもうアラサーと言われる年齢なのに、彼が童顔なのは差し引いたとしても、下手すりゃ高校生のときのままと雰囲気はかわっていなかった。

「一人か?」

と聞くと、彼は頷き、連れを待ってるのだといった。彼の前に置かれていたのは、店にきたばかりなのか突き出しとカシスオレンジだけだった。年齢的に酒は飲めるようになったものの味覚は変わっていないようだ。




ちょうど隣が空いていたので、座らせてもらう。
そういえば、学生時代もよく彼とここに飲みにきたものだと昔に思いを馳せる。




笠松幸男。



彼とは高校時代から、なんでも話し合える親友のはず・・・だったのだが


大学を卒業して2年くらいした後、笠松と全く連絡がとれなくなった。
ありとあらゆる知人に、笠松の連絡先を知っている人はいないか聞いて回ったが、誰も知らないと答えた。


大学時代に笠松とルームシェアしていた黄色い後輩が最後の頼みの綱だったが、笠松と連絡が取れなくなったときには、すでに生活の拠点をフランスに移しており、もう簡単にに連絡を取ることができなかった。ちなみに黄色い後輩・・・もとい黄瀬涼太は向こうでモデル兼ファッションデザイナーとして活躍しているらしい。

高校のOB会に、主将とエースが二人とも来なくなったのは、あの二人を知る俺たちの代からすると、物足りないようなそんな感じだったのだ。


一体、何があった?
俺たちは親友ではなかったか?
他のみんなだって心配していた。


森山が一瞬だけ、声をかけるのをためらったのは、そこからくるものだった。


「俺、今、会社帰りなんだけどさぁ、お前、今どうしてんの?」

ここはいきなり本題に入らず、まずは近況を尋ねることにしよう。

「学校で教師やってる。今は休暇もらってこっちに来てるんだ。」

意外にも仕事は変わっていないようだった。笠松は大学卒業後、都内の私立高校の教員になったのを知っている。

「ああ・・・あのなんとか高校?」


と聞けば、ちがうと言われた。





「俺が働いてるのはフランスにある日本人学校だ。今は、一時帰国してる。」

「?」


森山は即座に笠松の言っている意味をとらえかねた。












「すまん・・・怒ってるよな。」



笠松は森山の心を悟ったように喧騒の中、切り出した。



別に怒ってはいない。さすがに、あの時は腹も立ちはしたが、今となっては、どうして音信不通になったのか、その理由が知りたかった。そして、なぜフランスなんていう異国の地にいることも。



「別に俺は怒ってなんかいないさ。お前にもなんか事情はあっただろうし。」


「そうだな。」



笠松は重ねて置いていた右手でカシスオレンジの入ったグラスを取る。
下に隠れていた左手の薬指に現れたものに、森山は驚いた。


「お前・・・結婚してるのか・・・?」


「あぁ・・・」


動揺する森山とは対照的に、笠松はひどく穏やかだった。


高校時代は・・・高校を卒業してからも、写真に写っている女子でさえ直視できなかったあ、の、笠松が、自分よりも先に結婚している・・・だと。しかも・・・フランスで暮らしてるってことは、まさかフランス人と!?


「駆け落ちでもしたか?」

それなら、消息を絶った理由もわかる。でも、笠松がまさかな。いろいろとそんなキャラじゃない。
森山はほんの冗談で言ったつもりだった。



「まあ・・・そんなもんだよな。」


えっ?ええぇぇぇ!?


冗談ではなかったらしい。



「だからか?だから、いきなり姿消したのか!?」


「そうっちゃそうだ。

俺の両親はもちろん、向こうの両親も俺たちが一緒になることには反対だった。お互い絶対、幸せになれないし、まず世間的に認められないだろうからって。

親の言い分もわかるけど・・・

それなら、世間的に認められるところで結婚しようっていう結論になって、そこで結婚した。」



随分、壮大な話だ。
お互い幸せになれなくって世間的に認められない結婚って国際結婚だからか。そりゃ、言語とか文化の壁は大きいだろうから、反対されても無理はないよな、と変に納得してしまった。

「そうだったのか・・・?相談くらいしてくれてもよかったんだぞ。」

「いや・・・それはちょっとな。だいたい、付き合ってることすら内緒にしてたし。」

「いつから付き合ってたんだ?」

「大学3年から。」

「は?」


少なくとも大学時代は笠松とかなりの時間、行動を共にしていたはずだ。
だが、彼女がいる素振りなんて全く見せなかったし、いる気配も全くなかったし、なにより、そんなフランス人といたところなんて見たこともない。

確かに合コンには、3年になってからは、全部断っていたような気がするが。



それにしてもだ。
女子に奥手だった笠松がそこまでして結婚するってどんな女なのだろう。


「ちょっと・・・差し支えなければ、奥様の写真とか見せてくれないか?」


森山は想像力を精一杯駆使して、フランス人奥様のイメージを思い浮かべる。



「あーなんか勘違いしてるかもしれないけど、お前のよく知ってる奴だぞ。」

「へ?」

意味がわからない。俺にフランス女性の知り合いなんていない。


「デカイ金髪の・・・」

そのとき、笠松のスマホが鳴った。あ、こいつとうとうスマホにしたのか。


「モシモシ。・・・ふーんそうなのか。そりゃ、残念だな。最後に日本の味、味、思ったんだが・・・・・拗ねるなって。仕事ならしょうがねぇだろ。、また連れてきてやるよ。・・・・・・わかった。先にホテルで待ってるから、ゆっくり来い。

あ、そういや、今、森山と偶然会ってな。今、隣にいるんだけどよ。覚えてるだろ?高校の時の。・・・・・・まあ、話してないよな。でもいい機会だし・・・電話、替わるな。」


そう言って、笠松はスマホを森山に差し出した。


「今まで黙ってて悪かった。俺のパートナーだ。」


「えっ?えっ!?」


電話の相手はおそらく、いや絶対に笠松の嫁だ。
よく知ってる奴だなんて言われても、全く検討もつかない。日本語は通じるみたいだ。それでも、その嫁が誰か知りたさに、森山は覚悟してスマホを受け取った。


「森山です・・・」



「あっ、森山センパーイ!!ひさしぶりっスー!!」

ところが、スマホから聞こえてきたのは、どう考えても女性の声ではなく、しかも日本語で、確かに森山が”よく知っている奴”だった。
そ、れ、も、フランス人なんかじゃなく、高校時代のバスケ部の後輩で大学は違うものの、大学のときも試合で当たったり、遊んだりした・・・あの黄色い後輩・・・。




「き、黄瀬か?ってか、お前、今海外にいるんじゃなかったか?」

「仕事で一時的に日本に帰ってきてるんスよ。ゆきさんがおすすめだっていう居酒屋、楽しみにしてたのに、仕事が長引いちゃって、残念っス。森山センパイにも会いたかったっス。」

この短時間にいろいろな事実が飛び出してきて、森山はもう何が何だかわからなくなった。ひとつひとつ解決していくしかあるまい。

「黄瀬、悪いが俺にわかるように話してくれ。
まず、笠松に、お前をパートナーって言われたんだが、どういうことだ?」

「・・・森山センパイ、今まで黙っててごめんなさい。
オレたち、結婚したんス。フランスで。」



森山、すまん!!と笠松まで頭を下げてきた。


「は?待て待て!!お前らいつからそんなことになってたんだ?」

確かに高校のときから、黄瀬は笠松にべったりだった。笠松が卒業した後も、頻繁にお互いの家を行き来したり、遊びにいっている様子は、別に知りたくもないがSNS経由で頻繁に知る羽目になった。黄瀬が大学に進学したと同時にルームシェアすることになったと、笠松から聞かされたときは、こいつもいよいよ女子は諦めたのか・・・と思ったほどだ。男同士にしては、やけに仲のいい奴らだな、くらいにしか思っていなかったが・・・


ん・・・?ルームシェア・・・?まさかっ!!

「ゆきさんの卒業式のときに、オレから告白してー、そっから付き合いだしたんス。」

「ルームシェアってのは・・・その・・・あれだよな」

「ゆきさんはルームシェア、ルームシェア言い張るけど、オレから言わせれば同棲っスよ!!」

ああ・・・何なのかよくわからない安堵のため息が出た。

「だけど、なんでフランスにいるんだ?」

「オレが大学卒業するとき、ゆきさんにプロポーズして、ゆきさんはOKしてくれたんスけど、やっぱお互いの親たちには猛反対されたんス。でも、オレはもちろんゆきさんも別れるなんて選択肢はないって言ってくれて・・・だけど筋はきちんと通したかったから、オレが無理言って同性婚が認められるところで、結婚することにしたんスよ。」


納得できるようなできないようなそんな気分だ。確かにフランスでは同性婚が認められている。

だからといって、そのためにいきなり異国の地に生活の拠点を置くなんて、そっちの不安も大きかったはずだ。
黄瀬は大学時代、バスケとモデル業の二足の草鞋を履き、モデル業でもそこそこの基盤は築いていた。笠松もやっと教員生活に慣れてきた頃だと言っていた。
あちらに行くということは、これまで築いてきたものを捨てると言っても過言ではないないのに、今では二人とも向こうでしっかりと定職をもっているのだから、たいしたものだと感心してしまう。
きっといろいろと苦労も多かったことだろう。


「ゆきさんと結婚したこと黙ってて、ごめんなさい。
それと、勝手にゆきさんを連れてきてしまってごめんなさい。」


感心していたところに、黄瀬に謝られた。


「でも好きだったから、幸せにしてあげたかったから・・・。連れてきちゃった。」



「謝んなよ。本当に、ちゃんと笠松を幸せにしろよ。こんのばかやろうどもがっ!!」



よくわからないセリフを吐いて、笠松にスマホを渡した。




「お、森山、わりぃ。俺、そろそろ行くわ。次、来るときはちゃんと時間作って会いたいよな。」



それだけ言うと、白い歯をニッと見せて笑い、勘定を済ませて、颯爽と居酒屋から出ていった。



森山はそんな笠松をただ、ぼんやりと見つめていた。



ものの5分ほどの出来事なのに、長い夢を見ているような・・・そんな出来事だった。

もといた席に戻り、じっくりと考えてみる。





「おい、どうだ決心ついたか?」



笠松と入れ替わるようにしてに同期が戻って来た。


「ああ・・・ありがとう。なんか、いろいろと吹っ切れたよ。」

「なんだそれ?結婚する気になったってことか?」

「いや、長年ひっかかってたことがわかってスッキリしたというか・・・」

「どういうことだ?決めたんじゃないのかよ?」



”でも好きだったから、幸せにしてあげたかったから・・・。連れてきちゃった”


黄瀬の言葉がまた頭のなかに蘇る。


傍から見れば、突拍子もなくて、無謀にしかみえないけれど、きっと彼らにとっては、きちんと筋を通した最善の選択肢だったんだと思う。


それが、彼らが結婚する理由だ。






俺が結婚する理由は・・・・・・













森山は次の休みに会えないか、と彼女にラインを送った。


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