メイン

□10月のオレンジ
1ページ/1ページ


日が落ちて、高く澄んだ夜空に星が瞬いているのを見ながら、肌寒さに窓を閉める。今年もたくさんの友人が誕生日を祝ってくれた。
少し前までの自分からは考えられない事で、同じく主役の一人だった小さな相棒に改めて感謝する。
今日は10月14日、沢田綱吉の誕生日だ。
放課後、獄寺や山本たちが集まって、リボーン発案の無茶なゲームをしたり、奈々お手製のご馳走やケーキを食べて、楽しい時間を過ごした。
貰ったプレゼントはどれも個性的で、嬉しさと気恥ずかしさで赤面してしまった。獄寺から銀色に光るオートマチックを渡された時には顔が引きつってしまったが、彼らしいプレゼントは一応受け取っておいた。
そして、それを預かってくれることになった相手が、今こちらに向かっているという。はるばるイタリアから、飛行機に乗って。
いつだって優しくて、かっこよくて・・・ディーノは、綱吉の憧れそのものだった。そこに初恋の色が乗せられて、会う度にドキドキしてしまうようになったけれど。

綱吉が風呂を済ませて、ランボとイーピンが寝静まったころ、ディーノは空港にいた。勿論ロマーリオを連れて。
「こりゃぁギリギリだな、間に合わせろよ?」
「分かってるぜぇボス。」
黒塗りの高級車に体を滑り込ませながら焦りを口にするディーノに、頼れる部下は親指をグッと立ててアクセルを踏んだ。
今日、この日の内に辿り着かなければ意味がないのだ。
厳しさが過ぎる恩師、リボーンから連絡を受けた時、既に日本へと向かっていた。チャカを預かって欲しいなどと、妙な気の回し方を不思議に思ったが、綱吉の心の平穏のためと思えば納得できた。
そんな事が無くとも、会う気でいたのだが。
この日のために山積みの書類を片付けて、両手の指では足りない程の会合やパーティーをこなした。抗争を1つ終わらせたのは綱吉には絶対に知られてはならない。
それほどまでに会いたい理由が、ディーノにはあったのだ。
(元気にしてるのは聞いてるが、顔が見てぇんだよなぁ)
ドアにもたれて、窓から空を見上げれば、スモークガラス越しでも分かるくらい沢山の星が光を放っていた。
(ツナ、まだ起きてっかな?)
星空を見上げながら、可愛い弟分の顔を思い浮かべる。笑顔が一番だが、泣きっ面も、困り顔も、滅多に見せない怒った顔も全部好きだ。そしてディーノを見つけた時の嬉しそうな顔は格別に思えた。今日は見られるだろうか。
少しづつ近付くにつれて浮かれ始めた心を塞ぐかのように、都会のビル群が視界を遮るようになった。
星座たちをバックに綱吉を想っていたディーノの眉間に皺が寄る。
(窮屈な国だよなぁ、ジャッポーネは)
ディーノと綱吉の間に立ちはだかる壁は、1つや2つじゃない。
イタリア側の壁はボンゴレ。誰が何と言おうと、綱吉はボンゴレファミリーの次期ボスであり、ディーノはその配下のボスだ。禁断に近く、ボンゴレはもちろん、ヴァリアーや他のファミリーからの風当たりは相当なものだろう。
9代目からの圧力など、想像するだけでも恐ろしい。
そして9代目の門外顧問は、綱吉の父親であるのだ。この壁は分厚く高い。
これらはディーノが踏ん張り、ファミリーを守りながら耐え抜いて初めて超えられるものである。
しかし、綱吉がイタリアに来てくれれば、いつでもとは言わないまでも会う事は可能であるし、二人で町をぶらついても好奇の目で見られることはない。…護衛という名の邪魔は入るだろうが。
一方のジャッポーネはどうだ。
時間が経つのをただ待つしかない年齢の縛り、外国の人間に慣れていない国民性、そして同性愛に対する好奇と嫌悪の思考。
ディーノの努力でどうにかできるものではない。
「考え中に悪ぃが、ボス。」
「・・・んあ?」
運転席から話しかけてきたロマーリオに、間抜けな返事をしてしまったディーノは、現実にぶち当たる。
「ボンゴレの坊主は、まだボスのモンじゃねぇぜ。」
「わ、分かってるっつの!つか心読むなっ!」
「ハハッ、読心術なんざ使えねぇよ。顔見りゃ分かる。」
「うっ、…敵わねぇなぁ。」
生まれた時から身の周りに居たファミリー。ディーノの胸の内などとっくにばれている。5千人を率いているとはいえ、側近からしたらまだまだ子供なのだ。
そう、綱吉も。
少し前までは孤独に生きてきた綱吉は、今は多くの仲間を得て、将来は何万もの部下を持つことになる。
支えてやりたい。ただの兄貴分としてではなく、泣きたいときに泣けて、眠れない時には抱き締めてやれる、そんな、恋人として。
「時間には間に合わせるから、ビシッと決めてくんだぜ。」
「んな簡単に言うなよ・・・やるだけやるけどよ。」
そんな簡単にできることなら、とっくに決めている。そうじゃないから悩んで手こずっているのだが、それも分かっているロマーリオは、楽しそうにハンドルを切っている。
好かれてはいるだろうが、ディーノと同種の想いかは分からない。違った場合はどんな反応をされるのか、それに対して自分はどうしたら良いのか。
拒絶の可能性だってある。
らしくもなく眉を下げているディーノを乗せた車は、並盛町へと入って行った。

沢田家に着くと、どこからともなくリボーンが現れた。本当にどういう行動をとっているのか、未だに謎である。
「ちゃおっす。間に合ったな。さすがロマーリオだ。」
リボーンはそう言いながら、ディーノの後ろに立っているロマーリオと親指を立て合った。
綱吉の部屋に目をやると、明かりが点いている。あからさまにホッとするディーノを見て、リボーンはため息をついた。
「ツナならまだ起きてるぞ。今日は特別に夜更かしを許したからな。ありがたく思えよ。」
「お、おう。…ん?オレの為なのか?」
「いいから行け。ママンには言ってあるからそのままでいい。静かに入れよ。」
「サ、サンキュ。」
話がうますぎて怖いが、元々リボーンに隠せているとは思っていなかったので、言葉に甘えて静かに玄関を入った。
綱吉以外は寝ているようで、物音はしなかった。家光が帰ってきている様子もない。
そろそろと階段を上り、ドアの隙間からこぼれる光に息をのむ。
(ツナ・・・)
そこに居ると認識した途端、愛しさが込み上げてきた。抱き締めるくらいは、してもいいだろうか。イタリア男のスキンシップだと言えば、許されるだろうか。
早まる鼓動を抑えながら、軽くノックをした。
「・・・。」
返事がない。もしかすると寝てしまったのだろうか。週末だし、盛大に祝ってもらった後だから、疲れているだろう。それならば仕方ない、電気を消してやって、物騒なものだけ回収して大人しく立ち去ろう。
もう一度ノックをしてから、そっとドアを開けると、綱吉は床に座っていた。視線はテレビに釘付けで、手にはコントローラー、耳にはヘッドフォン。どうやらゲームに熱中しているらしい。
(なんだよ・・・)
脱力というか、何だかがっかりだ。ディーノは何日も前から調整や準備をして、文字通り飛んで来たというのに。
(ちっと驚かせてやるか)
ドアを半分ほど開けてもまだ気付かないので、いたずら心が芽生えてしまった。
そっと部屋へと入り込み、音を立てずにドアを閉める。そのまま影を作らない方向から回り込んで、綱吉の真後ろまで進んだ。
(お仕置きだっ)
心の中でそう叫んだディーノが両腕を開いて抱き着こうとした瞬間、くるりと綱吉が振り返った。
「うぇっ?」
「ディー…」
ディーノの重心は完全に綱吉の方向に傾いていたし、綱吉は突然すぎて受け身なんて取れなかった。
つまり、そのまま倒れこんだのだ。
ラッキーキスこそ無かったが、形としてはディーノが綱吉を押し倒した体勢になったのである。咄嗟の判断で綱吉を潰さないよう、床に手を突いたのが更に拍車をかけた。
綱吉の顔を挟むようにディーノの手が置かれ、床に倒れた綱吉をディーノが見下ろす形だ。
「わ、わりぃ、ツナ。」
「い、いえ、こんばんは、ディーノさん。」
体勢はそのままに、なんとか挨拶だけは交わした。倒れた拍子に外れたヘッドフォンから、ゲームオーバーの音が流れている。
沈黙を何とかすべく、口を開いたのは綱吉だった。
「あ、ディーノさん、わざわざ、ありがとうございます。」
「え、何が…あ、おう、アレか。」
そう、綱吉は、ディーノが貰い物を引き取りに来たと思っているのだ。実際それも用事の一つであるので、一応それに対して返事をする。
だが本題はそれじゃない。
「ツナ・・・。」
「は、はい?」
床についていた片方の手を、綱吉の髪に絡ませる。されている方はたまったもんでは無いようで、綱吉の顔がみるみるうちに赤くなっていった。瞳にも薄く膜が張り、それを目の当たりにしているディーノの熱も上がってきていた。
「ツナ、ごめん。」
謝りながら、顔をゆっくりと下ろしていく。近付いてくる綺麗な顔に、綱吉は固まって僅かに震えていた。
「ほんと、悪ぃ。・・・好きだ。」
二人の唇がそっと触れ合う瞬間、オレンジに染まった綱吉の瞳が閉じられて、一筋の涙が頬を伝った。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ