S T O R Y
□空へ贈る祈り
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Side: A
同じ『傷』でも、身体の傷と、心の傷は違う。
心の傷の原因てやつは、水底に沈んだ砂のようで、表面上は穏やかに見えていても、些細なことであっという間に心を濁らせてしまうのだ。
傷が深ければ深いほど、元の澄んだ状態に戻るのは困難。
治って見えても、痛みが消えることはない。
そして厄介なことに、傷自体は目に見えない。
だから、
気をつけていたはずだった――。
「美咲」
大学の門前で、講義を終えた美咲を呼び止め、捕まえる。
「〜〜っ、ウサギさん! だから迎えに来るなと何度も何度…も……」
美咲が急に強張った顔をした。
「美咲?」
「それ…どうしたの?」
美咲の視線を辿る。
見ているのは、俺ではなく僅かにへこんだ車の後ろ側。
「ああ。ぶつけられたみたいだ。腹の立つことに…」
「ウサギさんに怪我は!? 痛いとこないの!?」
あまりの気迫に、一瞬気圧された。
「おい、落ち着け…停めてある時にぶつけられたんだ。当て逃げされた。車に俺は乗っていなかった」
「……そう、なの? ホントに?」
まだ疑わしげな美咲の耳元へ囁く。
「家に帰ったら、確かめてみるか?」
「なっ、何言ってんだよバカウサギ!」
含みを持たせた言葉で美咲は真っ赤になって、怒りながら車へ乗り込む。
その時、一瞬躊躇ったように見えたのを、俺は気のせいだと思った。
家に着くとコーヒーをカップに注ぎ、美咲に声をかけた。
「仕事があるから、ちょっと籠もる。晩飯は遅めにして」
「終わってないなら迎えにくんな!!」
「気分転換は必要だろうが」
「ったく。――……ウサギさん」
「何だ?」
美咲がハッとしたように笑う。
「ううん、何でもない」
「お前の分もちゃんと淹れてあるぞ?」
「サ…サンキュー! ちょうどコーヒー飲みたかったんだよね」
パタパタと台所へ走り去る後ろ姿を見送り、書斎へ向かう。
それからは何時間か集中していたため、いつの間にか空が曇り、
……雨が降り出していたことにも気づけずにいた。
*