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□diario
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うだるような暑さも格好の洗濯日和と言えない事もない、ある昼下がり。

私は洗い立てのシーツをココさんの部屋に持っていって、そこでふとあるものを発見してしまった。

彼の部屋にある小振りのデスク

木製のそれは、普段から几帳面な彼の性格を表して、いつもきちんと整理されてあまり物が置かれていない。

そこに一冊の本があった。

何の本だろう?

さりげなく手にとって、パラリとページをめくって、私はドキリとする。



それは、彼の日記だった。



ていうか、彼は日記をつけていたのか
結構これでも付き合いは長い部類に入るんじゃないかと自負し始めていた私は、今更知った事実になんだかちょっと悔しくなる。

「…………」

そして、お決まりのように私の頭上で天使と悪魔がパタパタと円を描いて鬼ごっこをし始めた。

白い羽を持つ可愛らしい顔が「ダメよ、ダメ、絶対ダメよ。いくら恋人同士だからって、そんな勝手は嫌われちゃうわ」と優しく諭す。

黒い尻尾を持つ、ずる賢い顔が笑って「言わなきゃバレないって。何でも受け止めてやってこその恋人だろ?知って後悔する事が無いなら何も問題ないさ」と最もらしい事を言う。


確かに、ココさん優しいし
バレたからってまさかフラれちゃうとかはないだろうし
それにホラ、私達には空白の時間があるし。

天使と悪魔、どちらの意見も平等に聞いているようで、なんだか片方の主張にばかり同意しちゃってる気もするけど、それでも私はせっせと自分の正当化を試みる。

だって好きな人の事ならなんでも知りたいし
離れてた期間があるならその部分は特に…
彼ってば強いから、何があっても平気そうな顔してるけど、だからこそ本当はどんな事を考えてるのか、ちょっとぐらい知ろうとするのはむしろ優しさに…はい、言い訳です。本当は興味があるだけなんです。


ちょっとだけ


ちょっとだけ


そう何度も心の中で繰り返しながら私は、さっきから指を挟んでいた部分にもう片方の手も入れて、その本をこっそり開いてみた。



「………はは」


思わず乾いた笑いが喉から溢れる。

それは10年日記のように、1日にほんの数行を書き込んでいくタイプの日記だった。


◯月◯日
毒膜の硬質化に成功。今はまだ腕の部分のみだが目標は全身で。
昼食にペペロンチーノ。


◯月◯日
カロナイナジャスミンのお茶を淹れる。ゲルセミウムの毒性は思ったほど強くない。
午後の木漏れ日が綺麗だった。


◯月◯日
アトムの情報は依然なし。意図的に隠滅された痕跡を感じる。その貴重さ故か、または危険さ故か。
夕方に通り雨。


パラリ、パラリと

めくってもめくっても出てくるのは淡々と記された彼の美食屋としての活動と、些細な日々の記録だ。


一見単調に見えて、しかし確実に前へ進む彼の生き様はこうして僅かな文章からも如実に見えてくる。


「……ココさんらしい」

「君もね」

「っ!?」

驚いて振り向くと、そこには部屋の入り口に背中を預け、ちょっと格好つけて腕を組んだポーズの彼が、キラリと瞳を光らせてこちらに笑いかけていた。

にっこりと、そのイタズラっぽい光は私の手元を真っ直ぐに見つめている。

「他人の日記を盗み見るのに、周りの物音に気付かないくらい内容に没頭できるなんて、ある意味感心するよ」

そんな毒を吐きながら、一歩一歩彼がこちらに近付いてくる。

お、怒っては…ない
あの口調からするに、きっと怒ってる訳じゃない
ていうかむしろ楽しそうだ。
いや、よく考えたらその方がヤバイのかもしれない。

そう広くない彼の部屋の中、なぜか日記を胸に抱えた私はなんとか逃げ道を探そうとする。

そんな私の考えなんてお見通しの彼は、私と扉を結んだ直線上をゆっくりこちらに歩いて来る。

「さあ」

お仕置きの時間だよ、とでも言いそうな彼の瞳が楽しそうに少し細められた瞬間


「―てぇいっ!」


私は咄嗟に、洗いたて換えたてのシーツが眩しいベッドの上に飛び乗り、そこを3歩で通り抜けて部屋の入り口方面へとジャンプした。
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