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□ポイズンキャッチャー
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あぁ、いい気持ちだ、とココはしみじみ思う。
目の前には真っ青な顔をした彼女がじわじわと自分から距離を置こうとしている。

その、後退していく方向へと自分の進路をゆっくり変えながら、ココは改めて幸せそうに笑った。


【ポイズンキャッチャー】


久しぶりに出かけた彼女とのハントの最中でその食材を見付けたのは、きっと運命だったんだ。
普段から結構と芝居じみた物言いをするココは、決して大袈裟でもなくそう思っていた。

先ほど休憩中に彼女と口にした新種の食材。
それはいわゆる酒気帯び食材だったのだろう。
初見では分からなかったが、どうやら唾液と混ざりあう事で成分がアルコールへと変化したらしい。

いや、とココはまるで他人事のように自己分析を開始する。

この状況を予期せぬ事態のよう思うのはやめよう。
恐らく自分は、この食材の正体に気付いていたのだ。
気付いていて、それでも、久しぶりに彼女と過ごすゆったりとした時間に、周りに誰もいない静かで広大な草原というシチュエーション、そして、目の前の可愛い彼女。


それらの要因が合わさった結果、自分でも気付かない内に、自分の本音を解き放っても良いかもしれないな、と思ってしまったに違いない。


「まぁ、それは置いておこう」

「はい!?」


フフフ・・・と穏やかな笑みを湛えながらも、どこか狂気を感じさせるその様子に、対する彼女は、普段怠けっぱなしの防衛本能を一気に覚醒させる。
初めて見る食材を食べていたと思ったら突然おかしくなってしまったココの様子に取り敢えず距離を置くべし、と彼女が立ち上がって本格的に逃げようとしたその瞬間、ココはにっこりと宣言した。


「結婚式をしよう」


「はぁ!?」
「誰もいないし、ちょうどいい」

初夜にも、絶好のシチュエーションだね

そう言ってゆっくりとこちらへやって来るココが、本格的にやばいと悟った彼女は、三十六計の全てを即座に放棄しながらもとりあえず突っ込んでしまう。

「ちょ!大丈夫ですかココさん!?いきなり結婚式だなんて…ていうか初夜って、こんな屋外で何言ってるんですかー!」

「ボクの見える範囲には誰もいないよ」

めちゃくちゃな主張のわりにしっかりした足取りで歩きながらココは楽しそうに首を傾げる。

「分かるかい?『ボクの視える』範囲だ」


それを聞いた瞬間、彼女が走り出す。
「キッスさーん!キッスさーん」と叫びながら逃げ惑う様は、しかし今の彼には「捕まえてごらんなさーい」という蜜言にしか聞こえない。


「お望みのままに」

ココはにっこりと笑うと、普段身体を締め付け自らを戒めている束縛の布を、ひとつずつゆっくりと脱ぎ去っていった。



「ポイズンチェイン!」
「ぎえ〜!何ですかその必殺技!?毒でなんでも作り出すとか最近卑怯ですよ!ていうかカウボーイじゃないんですからそんな物グルグル回さないで下さい〜!うわわっ!」


「さぁ、捕まえた。大人しくして…ポイズンドレス!!」
「ちょ!ちょっとちょっとココさん!?いや、あの、普通こういうのって純白なんじゃ…ってそういう問題じゃないですよ!あ、でもちょっとキレイですね」


「うん、本当に綺麗だよ…次はボクだね。ポイズンアーマー!」
「うわ〜。えっと、こういう場合男性はタキシードなんじゃ・・・」


「ポイズンリング!」
「・・・・・・・・・」


「後は何かな?」
「私に聞くんですか!?ええと、し、神父さん?」
「ならポイズンドールで作ろう」
「…っぷ」

ココの作り出した毒の鎖に拘束され、無理やり纏わされた紫色のドレスが、堪え切れずに漏れた笑い声で少し揺れる。


「やっぱり要りません」

「そうか。君がそう言うならやめておこう。他には?」

「あれじゃないですか、最後にやるやつがあるじゃないですか。ええと、ライスシャワー」

「ああ、良いね、でもその前に誓いの言葉を言わないと」


ふと、ココに抱きかかえられていた彼女が抵抗をやめ、首を傾げてココの顔を覗き込んでくる。


「結婚式、したいですか?」
「うん」
「そうですか」

その口元にちょっと鼻先を寄せて「お酒臭い」と笑いながら、次にココの耳元に移動した口が「鎖は品がないですよ」と囁く。


「そうだね」
すぐさまココはその鎖を体内へと吸収し、彼女を一旦地面へと降ろした。
そして、自分の右手を右胸、心臓の上へと当てると、ゆっくりそこから細い鎖を生成する。

出来上がったのは、今にも切れてしまいそうな程細い、ポイズンチェーンのヘッドドレスだ。


いつの間にか大人しくなって自分の前で待っている彼女の髪に、ベールの代わりにそれを飾りながら「靴は溶かしてしまおう。後はボクが運んであげるから」と言えば、返事の代わりにただ忍び笑いだけが返される。


「こんな状態で『病める時も』なんて誓うんですか?」
「どんな状態でも誓うよ」
「それは…すばらしいお心がけで。ははは…はぁ」

冗談ではなく大きなため息をついた彼女を優しく地面に押し倒して、2人仲良く横たわれば、その身体に触れた草花がみるみる内に腐食していく。

「全部すっ飛ばしてこれですか?」
「ああ、そうだったね」

自分に触れて命を散らす小さな営みを横目に、昔ほどは傷付いていない自分にココは気付く。

この行為が終わって、自分がここを中和し立ち去れば、しばらく後にこの辺りはまた草花で溢れかえる。

庭の雑草対策で草枯らしを撒く行為はいつだって無駄な足掻きで、結局一時の抵抗は壮大な自然のサイクルの前には無意味だと認めざるを得ない。



自分の毒が


ココは徐々に覚醒し始めた意識の内でゆっくりと頷く。

所詮その程度のものだと思える幸せをくれた彼女に、精一杯のお返しを

独り善がりな行為に呆れてもらいながら、受け止めてもらって、アルコールのせいにして本音を誤魔化しながら

「君に、誓うよ」
「え?」


「ポイズンシャワー!」

自分たちの真上に放出した毒が、空中で結晶化し毒の宝石となって舞い降りてくる。

キラキラと光るアメジストのようなそれがパラパラと肌に当たる刺激に、満足そうに笑い転げている彼女の耳にそっと手を添えて…

こっそりとお揃いの耳飾りまで毒で作りながら、ココは改めて彼女の弧を描くそこへと唇を下ろしていった

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