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□馬謖
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グルメカジノで働き始めてから約1ヶ月後、私は初めて貰った休暇(と言っても1日)をどうす過ごそうかと思案し、結局惰眠を貪る…のはやめにしてスラムへ里帰り(?)をする事にした。

ジダルからネルグまで1人で歩いて移動するのは結構リスクがあるのは承知だが、そんな事を言っていたらこの国で生きていく事自体、いつ何らかのトラブルに巻き込まれるかも分からない危険と隣り合わせの生活だ

私はそう開き直って1人荒廃した街並みを足取り軽く歩き始めた。



マッチさんがカジノに遊びに来ると聞いていた日から数日経ったが、彼が来る気配はまだない

まぁ、他の皆さんもきっちり1週間の間隔を開けて来ていた訳でもないし、まだ彼が来ないと決まった訳じゃないけど

いや、彼が来るなんて別に期待してないけど

今からスラムに行くのも別に彼に会えたらなんて思ってる訳じゃないけど

仕送りの目処もまだ立ってないのに「なんで来たの?」って言われても困るんだけど

まぁ、うっかり足が向いた事にすれば良いだろう、なんて自分に言い訳しながら私はネルグへ向けて歩き続けた。



本当はスラムの子供達に何かお土産でも買って帰ってあげたいところだが、ここら辺の市場に売ってある物はうっかりすると超危険な麻薬食材だったりする。

それを見極めるだけの食材の知識を私は持っておらず、ただでさえ麻薬食材の流入に困っている所に怪しい物を持ち込む訳には行かないので、仕方なく市場をスルーして私は徐々に郊外へと足を進めていった。

あー

久しぶりの外の空気はやっぱり良いなぁ

カジノの内部はきらびやで、まさに夢の世界そのものだけど、やっぱり長期間過ごすと閉塞感を感じてしまう。

そう思いながらひとつ伸びをした瞬間、私の耳元、しかも耳元3センチくらいで突然誰かが囁いた。


『てめぇ、指名手配犯だな。覚悟しろや』

「はい?」

私は周りをキョロキョロしてみるが、声の主はさっぱり見つけられない。


指名手配犯?


『いいか、お前は耳を塞いでろ。今すぐだ』

「え?え?」

また同じ人の声がして、次の瞬間私の周りをクルリと風のようなものが回っていった、気がした。

「え、なに?」

突然の出来事にキョロキョロと辺りを見れば、そんなに人通りの多くないこの場所で、私以外の人達も私同様プチパニックになっているみたいだし、更にその内の何人かは「こ、この声は!?」なんて言って慌てふためいている。


「えっと、耳?ですか?」

思わずどこにいるかも分からない声の主にそう尋ねてしまった私へ、次の瞬間、少し離れた場所から強い風が吹き付けてきた。

「〜〜!?」

いや、強風なんてもんじゃない

私は 思わずギュッと目を閉じ、耳も塞いでその場にしゃがみ込む。

(なにこの風!?)

これはもはや爆風レベルだ。風に乗って轟音まで辺りに響き渡ってきた。

「〜〜〜〜!」

吹き荒ぶ爆風と轟音の中、突然の事態に恐怖しながらもなんとか片目を少し開けてみた私は、頭上のビルが立てる不気味な音に気付く。

10階建ての、傾きかけたビル全体がギシギシと揺れ、窓ガラスがガタガタと嫌な音を立てたかと思うと

(うっそおぉ!?)

次の瞬間、パリィンという音と共に砕け散った窓ガラスのシャワーが私めがけて落下してきた。


ガシャンガシャンと、ガラスの破片が地面との衝突で更に小さな破片へと姿を変える音が私の周りで響き渡る。


私は必死で目を閉じ、出来るだけ小さくなってその場にしゃがみ込んだ。





「……?」


しばらくしてから、私は恐る恐る目を開けて、顔を上げてみる。

「これ…」

そこには、砕け散ったガラスの破片が一面に広がるその真ん中で、緑の風を纏って無傷の私がいた


「ば、馬鹿な…俺の変装は簡単には見破れないはず…どうして」

少し離れた場所で男性の声がする。
何やら息も絶え絶えで必死の様子だ。

「あぁ?んなもん、俺には関係ねぇよ」

あ、この声

今度こそ普通に聞こえてきた声の主を探して、私は立ち上がって声がする方へ顔を向けた。

「『指名手配犯』、この一言でお前の心音だけが著しく乱れた。調子に乗った変装なんざ、俺の耳には意味ねぇんだよ」

「うわぁ、ゼブラだ!ゼブラが出たぞ!」

声の方へ興味を持った私とは対照的に、その場にいた人達は皆慌てふためいて逃げ始めた。


ゼブラ!?

その名前には聞き覚えがある

確か、マッチさんの全身にあの傷を負わせた張本人で、私がマッチさんと出会った数日後に出所してきて大騒ぎになった人だ。


出所当時はここから遠い所にいた筈なのに、いつの間にジダルまで来てたんだろう?


そんな事を考えていたら、男性の断末魔のような叫び声がビルの角から聞こえてきた。

ひえ〜!
こ、これはさすがにヤバすぎる

私はすぐに回れ右して、他の人たち同様この場から逃げ出す事にした。


逃げ出さないと行けない
逃げ出すべきだ

…なのに私は、ふと目についたビルの影に身を潜めてしまう

何をしてるんだ?と思わず自分で自分に突っ込んでしまうが、きっとうっかり足が止まってしまったんだろう、と自分で自分を納得させる。


『生ゼブラ』を見てみたところで何も得るものはないんだろうけど

マッチさんの力になるなんておこがましいも良いところだろうけど

この行為が少しでもグルメヤクザにとってメリットになると良いんだけどなぁ、やっぱりならないかなぁ、なんて考えながらその顔を盗み見ようと、私はビルの影からほんの少し
顔を出してみた。


「おい」

「ひいぃっ!」

いた

目の前にいた

でっかい顔が、左の頬が裂けていて奥歯まで綺麗に全部見える口が、今にもこちらへ噛みついてきそうな勢いで少し開けられていた。

なんでここに隠れてるのがバレたんだろう

超能力者か!?

「てめぇ、そんなところで何チョーシに乗ってやがる」

「はい!?い、いいえ!調子になんか乗ってません!全然乗ってません!」

調子って何?
ぶっちゃけそう思ったのは内緒にして、私は必死に右手をパタパタしながら彼の発言を否定する。

「だったらなんでこんなところでコソコソしてんだ?えぇ?」


そう言ってこちらに屈み込んできた彼の後ろ手には、男性の襟が捕まれていた。
ここまで引きずって来たんだろうか?
彼はピクリとも動かない。

も、もしかして殺ってしまったんだろうか


そんでもって、次は私なんだろうか?


こんなに簡単に見つかると思ってなかった私は頭の中をきちんと纏める事もできず、パニクったままつい勢いに任せて「あの、マッチさんって覚えてますか?」と逆に質問してしまった。

「あぁ!?」

ギロリとこちらを睨まれ、その瞬間私はしまったと後悔する

不用意に彼の名前を出してしまって、彼に迷惑がかかったらどうしよう?
今は麻薬食材で大変な時なのに、これでこのゼブラという人までネルグを襲ってしまったら、大変な騒ぎになってしまうに違いない

「あの、違うんです!今のは」
「なんだそりゃ?ウマイのか?」
「…はい?」

予想外の切り返しに一瞬思考回路が停止してしまうが、彼が「おい!ウマイのか?ウマくねぇのか?どっちなんだ?」と怒鳴ってきたので私は思わず条件反射のように「ウ…ウマくないです」と答えた。


「チッ!ウマくねぇのかよ」

彼はそう捨て台詞を吐くと、それっきり私には興味を失ったように男性の襟を引きずって歩き始める。



「……えぇ〜!?」


そしてあっという間に姿は見えなくなった。



な、なんだったんだ、今のは?

彼の声が物凄く近距離で聞こえた気がしたのは、ここがビル群の中で不思議な反響をした結果なんだろうか?
ガラスの破片が落ちてきたのに怪我ひとつせずに済んだ、あの緑色の不思議なベールみたいなものは何だったんだろう?


ふと体を見下ろしてみても、そのベールはもうどこにも見当たらない。


「えぇ〜?」

私はもう一度そう呟いてみるが、そうしたところで事態は何も変わらない。

ただ、もしゼブラの情報がネルグにも行ってるのだとしたら、今私があっちを訪ねても迷惑にしかならないだろう

「…え〜」

これはもう仕方ない、出直すとするか


私は狐につままれたような気持ちのまま、グルメカジノまですごすごと引き返していった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「こっちはこれで終わりか」

指名手配犯の情報が載ったリストの紙をぐしゃりと潰し、ゼブラはそれをそこら辺に投げ捨てる。

もう自分には必要ないものだ

「次は新種の食材だな」

そう呟いてまたゼブラは歩き始めた。

空になったポケットに手を突っ込んで、先程までそこにあった紙の存在をふと思い出し、その指先が更に過去の記憶を思い出す。

「…チッ」

そう言えばあの時も、自分は「例のリスト」をここにいれていた

うっかり思い出してしまった記憶に舌打ちして、ゼブラは足を止めることなくジダルを後にした。
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