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□何か入ってるケーキ
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今日、店を開けるべきではなかったと、気付いた時にはもう遅かった。
「きゃー!ココ様ー!私の気持ち、受け取ってください!」
「ちょっとあなた押さないでよ!ココ様!そんな女のチョコよりもぜひこちらをお納め下さい!」
「何調子に乗ってるのよ!ココ様!私、この日のためにずっと前から準備してきたんです。お願い!受け取ってぇ!」
そう、今日は年に1度、チョコを携(たずさ)え、女性から男性へ告白できる日…なんてフレーズが通用したのはいつの時代だろう?
世はグルメ時代、未知なる味を求めて探求する時代であり、『女性から告白するなんて言語道断、唯一の例外は年にたったの1日だけ』なんて風習はきれいさっぱりなくなっている時代でもある。
彼女達は日々様々な方法で目当ての男性にアタックを繰り返し、こういったイベント事では更にヒートアップする。
いつもより3割増しで「押さないで」「ボクに触らないで」「みんな落ち着いて」の台詞を叫んだココは、店の営業もそこそこに何とか人だかりの中を抜け出してきてみれば、思った以上にボロボロの格好になっていた。
体に巻き付けているものまでほどけかけている
ここまでの事態になる事はあまりないのだが、やっぱり今日は彼女達も気合いの入り様が違ったんだろうか?
そんな事を考えながら取り敢えず今日は帰宅しようと腕のほつれに手をかけたココは、そこに意外な物を発見する。
「……」
ほつれているはずだ
そこには、薄いプレートタイプのチョコレートが入れ込まれていた。
よく見たら腰にも、なんだかゴワゴワとした違和感があると思ったら手首にまで
気が付けばココは完全にチップを貰った踊り子状態になっていた。
この町での生活を初めて数年、彼女達も何も考えず猪突猛進しているようで色々と考えているという事か
ふと振り向いてマントを見れば、そこにもチョコの包みがテープで張り付けてあった。
ココは、少し身震いする
彼女達の、何とかしてチョコを受け取ってもらおうとする執念が恐ろしい、のではない
(もちろんそれはそれで凄いと思うが)
それらは殆どが「手作り」だったのだ
記念すべきイベントに心のこもった贈り物をする。それはごく自然な行為であり、気持ちを伝える最もポピュラーな方法であり、自分の個性を効果的に表現する手法でもある。
以前のココならそう考え、それら努力の結晶とも言える作品達を、少し困惑しながらもほほえましい目で見つめる事ができただろう。
しかし今は違う
女性が手作りのお菓子に込める気持ちの凄まじさを、実際に文献を通じて事細かに知ってしまったのだ。
彼の大きな手のひらに集められた、少し山になる程のそれらチョコレートの数々
一体、『何が』入っているんだろう?
試しに気合いを入れて「視て」みるが、やはりそこまで詳しい事は分からなかった。
具体的にどんなものが材料として使われているかはやはり直接食べてみないと分からないのだ。
(食べても分からないかもしれないが…というかそもそも分析するのが恐ろしい)
それでもせっかくの贈り物、不可抗力とはいえ受け取ってしまったものをまさか捨てる訳にもいかない。
仕方なくやり場に困ったチョコを手に持ったまま、ココは何もしていないのに疲れた様子で帰宅する運びとなった。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
キッスの背に乗り帰宅して、彼の嘴を何度か撫でてから玄関の扉を開ければ、その瞬間ふんわりと甘い香りがココの所まで漂って来る。
まさか、と思った次の瞬間、彼の目の前には焼き立てのブラウニーが、いや、ブラウニーを持った彼女が出迎えに来ていた。
「じゃじゃーん!見て下さい!」
心を込めて焼いてみました
そう言われて、ココは条件反射的に目の前のブラウニーを凝視してしまう。
突然の能力全解放に、ブラウニーを掲げ持ったまま彼女はちょっと面食らいながら「そ、そんなに視なくたって良いじゃないですか」と頬を少し赤くした。
「これは…」
ココの発言の意図をどう捉えたのか、少し唇を尖らせて言い訳が始まる
「だって、この間ココさんブラウニー作りに失敗してたじゃないですか?なら私が作っても、失敗作よりはマシなのができるんじゃないかなぁ、と思いまして…」
どうやらココが失敗した作品に敢えて挑戦する事で、万が一失敗した時の逃げ道を確保しようとしたらしい
確かに彼女の言い分は最もで、このブラウニーの出来映えがどうであれ、廃棄するしかないと言い張ったあのブラウニーよりかは美味しい事になるのだろう
美食四天王であり、料理の腕も比較的高く評価されている彼としては、自身の作品がちょっと屈辱的な扱われ方をする事にモヤモヤとしたものを感じてしまう。
が、こればかりは身から出た錆だ。
仕方がない
そう気を取り直して「良い匂いだね」と話しかけたココの発言は綺麗に無視されてしまう。
「ココさん、それ…」
ココの手に余るほどの量のチョコレートを見て彼女の目がすっと座った。
「あぁ、これかい?これは」
「随分沢山食べたみたいですね」
「え?」
ココは思わず自分の手元を見る。
巧みに服の隙間へ入り込んできたチョコ達は、確かに箱詰め状態ではなく1つ1つがバラバラに包装されてた。
しかしそれは、彼がチョコレートを箱ごと貰って中身を食べ、残りが今ここにある、という訳では断じてない。
「違うんだ、これは」
「はいはい」
すっかり機嫌を悪くした彼女は、一旦キッチンへ引っ込むと、切り分けたブラウニーをお皿に盛り付けてまた現れた。
「ココさんはお腹一杯みたいですから、これはキッスさんに食べてもらいます」
そんな事を言いながら玄関の扉へ向かおうとする彼女がココの横を通り過ぎようとした瞬間、ココの頭の中で様々な思考が方程式を作り出す。
この現状はマズい
これを打破するには彼女に機嫌を直してもらう必要がある
彼女が何を誤解しているのかを正確に把握し、その上で最も効果的且つ迅速な方法で身の潔白を証明するのだ
一瞬の内に計算を終えたココが、リビングのテーブルに手の中の物を一旦置いて彼女を捕まえた。
「…なんですか」
「いいかい、これを良く見るんだ」
そうしてココはその優秀な頭脳で瞬時に導き出した答えを披露する
ペラリと、マントが捲られた
そこには、小さくラッピングされたチョコレートが3つ、太いガムテープで貼り付けられていた。
腹を抱えて笑い転げる彼女の手からブラウニーを救い出し、身ぶり手振りでその日の様子を伝えれば、笑い声は更に大きなものになる。
笑い過ぎて呼吸困難に陥ったその様子を愛でながらココは紅茶を淹れ、それでも転げ回っている彼女を優しく抱え上げてソファに座った。
彼女はまだ笑いながらココの好きにさせている
どうやらすっかり機嫌は元に戻ったらしい
ココは自分の英断が導いた結果に満足し、ひとつにっこりと微笑んだ
「たまたま持ちきれずにそのままにしておいたんだけど、本当に良かったよ」
不貞を疑われてしまいそうな状況が発生した場合、現場を保存しておく行為が如何に円満な恋人関係の維持に有効か、ココは今回身を持って体験した。
一時はどうなるかと思ったが、丸く収まって本当に良かった
「あー苦しかったです。じゃぁ、あのチョコは私が食べちゃって良いんですね?」
「ん?」
そんな事を考えていたココは、彼女の台詞に一瞬首をかしげる。
彼女は元気にソファから、つまりココの上から起き上がると、テーブルに腰掛けそのチョコの取り上げるとムシャムシャと食べ始めた。
何の躊躇もない彼女の様子に、思わず「色んなおまじないが込められてるかもしれないよ」と言ってしまう。
「ん? そんなの、ある訳ないじゃないですか」
新しい1つを包みから開けながら、彼女はスッパリとそう言い放った。
「え?」
「うは♪ ココさん可愛いですね。もしかしておまじないとか信じちゃうタイプなんですか?」
口の中で茶色い物体を転がしながら、彼女は笑う
「いや、それはむしろ君の方じゃ…」
思わずそう突っ込んでしまうココだが、それでも彼女はケロリとしている
「私ですか? あれは、おまじないをするっていう行為自体が楽しいんですよ。結果なんてこれっぽっちも期待してませんから」
「そうなの?」
「そうですよ」
「そうか」
「アラサーですから」
どんどん包み紙を開けながら彼女はパクパクとチョコレートを食べ続ける。
「それに、良いんです。どんなおまじないが込められていたとしても、受けて立つのみなんですから」
「え?」
彼女はココの方見ると、やれやれといったジェスチャーをわざとする
「そういうのも、覚悟してないと、ココさんの相手はやってられません、って言ってるんですー」
しばらく唖然として彼女を見つめていたココだったが、彼女の発言をもう一度頭の中で繰り返し、それから心底感動したように素直な感想を述べた。
「女の子って、凄いね」
「えー、そんな、女の子だなんて誉められても何も出てきませんよ〜?あ、ブラウニー、ブラウニーをなら出ます!どうぞ食べてください!」
ココはソファから立ち上がり、お茶を彼女にも振る舞うと、自身のティーセットもテーブルに移動させてから彼女の正面に陣取る。
「…なんですか」
「うん、やっと気付いたんだけどね」
「はい」
「なんか格好良い事言ってるけど」
「ドキッ」
「さすがにもうカロリーオーバーだよ?」
「…バレましたか」
めげずにブラウニーまで食べようとする、可愛い彼女と戯れながら、ココは『おまじない全集』の存在をカミングアウトする。
『いつまでも仲良しでいられるおまじない』をしよう、なんて、おまじないなど実は全く信じていなかった彼女に持ち掛ければ、あー、うー、と暫く唸られた後で小さく了承の返事が返ってきた。
ココはその返事に幸せそうに笑う。
そして、そんな2人の様子を窓からこっそり覗いていたキッスは、「やはり最近、あいつは前にも増して美しい」とココを見ながら思ってしまい、やっぱりこれはおかしいぞ、と首をかしげた。