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□紫の紙
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【Fiestaよりちょっと前の話…つまり結構初期の段階です】
「これ、紫色に染めてもらえますか?」
そう言って突然目の前に示された真っ白な正方形の紙を、ボクは茫然と見つめてしまう。
その間、5秒
そこそこ情報処理能力に自信を持っている自分としては結構な時間だ。
フリーズしていた、と言ってもあながち間違いではないだろう。
そうか、ボクでもフリーズすることがあるのか、とどこか他人事のように感心していると、「紫でしたよね?」と今度は質問された。
「ええと、何が、だい?」
「ココさんの毒の色です」
?
一瞬何を言われたのか分からなくて、再び思考停止に陥ろうとした僕を彼女が大声で阻止する
「あー!またそうやってすぐにネガティブになって。そんなに気にしなくても大丈夫ですって。少なくとも私に毒は効きませんし、今から思いっきり有効活用してあげますから!」
「有効、活用?」
はい、と彼女は頷いてから、白い無地の紙をテーブルに置いて得意気に説明を始めた。
「まず、紫色の紙を用意します」
「うん」
「で、その紙になくした物の名前を書くんです」
「なくした、物?」
「はい。1つ書く毎に『見つかりますよーに』って念じればさらに良しです」
「それで?」
「書き終わったらその紙を持って、もう1回探してみるんです。そうすると不思議と1度探したはずの場所から見つかるんですよ、なくした物が!」
「へぇ、で、何をなくしたの?」
取り敢えずそう聞いてみれば、とたんに彼女は身を固くする。
「そ、そこは、大したものじゃないんでスルーで」
「失せ物ならボクが占ってあげるのに」
「いやいやいやいや、いいですいいです!本っ当に、大したものじゃないんですから」
ボクは「そうかい?」と大して興味のないという顔でその発言を聞きながら、内心でさざ波の様な葛藤をなんとかやり過ごす。
恐らく、プロの占い師にタダで仕事を依頼する事に対する罪悪感が彼女の中にはあるのだろう。
失せ物の占いなど朝飯前だというのに
…そして、つまり、この身に巣食う紫色の物質は、彼女にとってはボクの朝飯前よりもさらに「お安いもの」だと思われているのか。
「ココさん?」
「あぁ、すまない。良いよ、ちょっと貸してご覧」
じわり
指先から分泌させたのは、結構な成分を混ぜ合わせた、結構な『紫』だ。
紙の上にポタリポタリとそれを落とせば、じわじわと不吉な色は広がっていく。
名付けるなら「死神からの召集令状」だろうか?
触れた者の命を奪う、高濃度の毒をたっぷりと染み込ませたその紙を持って「ありがとうございます」と彼女はキッチンへと移動した。
何をするのかと見てみれば、あろうことかコンロに火を着け、それを炙って乾かし始める。
「……はは」
たちまちキッチンに有毒のガスが充満し始めた。
熱を帯びて上昇気流を作り出す無色のそれを捉えているのはボクの瞳だけだ。
彼女はふんふんと例の鼻唄を歌いながら、ピラピラと紙を動かし、猛毒の中作業にいそしむ。
…不覚にも、ボクは
彼女の存在に救われている自分を自覚する。
口ではいくら大丈夫だと言われても、この体質が続く限りボクと世界の距離が縮まる事はない。
それは今更仕方のない事だ。
それでも、その世界で生きる彼女を、こんなにも近くに感じる事が出来るなら
ボクには過ぎた幸せだ
何の障害もなく世界と触れ合える、そんな彼女と触れ合えるだけでボクは…
そんな所まで考えてしまって、ボクはふっと首を振る。
「洗濯物を、取り込んでくるね」
そう声をかければ案の定「良いですよ!私がやりますからココさんは休んでて下さい」と返事が帰ってきた。
「いや、大した役には立てなかったからね。これくらいはボクがするから、君は探し物を頑張って」
そう言い残し屋外へ移動する。
うっかり発生させてしまったあのガスが、もしも衣服に付着してしまったら、それこそ殺戮兵器の出来上がりだ。
そんなものを着て町を歩けばどうなるか…。
それにしても、今ここにキッスがいなくて本当に良かった。
そんな事を考えながら、さりげなく急いで洗濯物を取り込み再び屋内へ戻ろうとしたその時、ボクは玄関の上に引っ掛かっている小さな靴下を片方、見付けてしまう。
風で飛ばされたのだろうか?
確かにここは角度的に彼女にとって死角になるけれど。
まさかと思って窓から中を伺うと、リビングのテーブルに腰掛けた彼女は、炙って乾かしたせいでちょっとごわごわになった例の紙に、熱心に『くつ下くつ下くつ下』と書き並べていた。
「マジか…」
しばらく茫然とし、それから呆れた笑いを口に浮かべ、そしてボクはさりげなく『それ』を後ろ手に持って玄関の扉を開ける。
「ちなみに」
「はい?」
彼女は顔を上げようともせずに、熱心にペンを進めている。
背中と腕で何を書いているのか隠しているつもりなのかもしれない。
「今までにどこを探したの?」
「あ、ええっと、洗面所と自分の部屋と、後は外も…っていうかひと通り探したんですよ」
そう言いながら尚も顔を上げない彼女の横を通り過ぎ、
「そう。見つかるといいね」
ボクは取り敢えず(洗面所が良いかな)と考えながら階段を上って行った。