sirena2
□venga
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【おいで】
次の日の朝、既に朝は終わっていた。
ナナはうつ伏せの状態で、目だけをパカリと開ける。
体がちょっとダルくて、微妙に頭痛もして、少し眉をしかめてしまったナナだが、意外にも気分はそう悪くなかった。
さてと
ナナは部屋の様子を伺いながら思案を始める。どうやら彼は不在らしい。
これはココさんに貸し1つ、だな。
寝返りを打ち、肘をついて頭を支え、ナナは窓の外を眺める。
とりあえず、開口一番彼が何を言うか予想してみようか。
そんな事を考えるナナは、一言で言うなら楽しそうだった。
そりゃあまぁ昨日のあれは物凄かった。正直ちょっとびびった。
でもそれは同時に、そこまで彼が自分に甘えてくれた証しとも言えるし、嫉妬されるなんて女冥利に尽きるの一言だ。
もしもあれが毎回となったらさすがに困ってしまうが、たまにあぁいう事があるくらい、ナナとしては全然問題ない。
昨夜の自分の態度が八方美人に見えて、思った以上に彼を不安にさせてしまったと考えるならば、むしろナナが謝っても良いくらいだ。
まぁ、なんにしても、優しい彼はきっと今頃色々後悔したり反省したりしているに違いない。今ここにいないのが良い証拠だ。
彼の罪悪感を、彼譲りの毒舌でチクリと癒やしてあげる。それが妥当な対応だな、うん。と、1人ナナは頷いてみた。
とりあえず、体はきれいにしてもらえてるみたいだから、まずは着替えを手伝ってもらおう。
それから、本物のお姫様みたいに抱っこしてもらって、食事も食べさせてもらって、それで、次に何がしたい?って聞かれたら…そうだな、海に連れて行ってもらおう。
ナナはもう一度寝転がって伸びをする。
良く考えたら、まだ1度も彼と海に行った事がなかった。せっかく水着まで買ってもらってたのに(上だけだけど、いや、上だけでいいんだけど)すっかり忘れてた。
どこか、誰もいない無人島に、キッスさんと一緒に。
そこで、1人と1羽と1匹、家族水入らずでのんびり過ごそう。
そこまで考えていると、懐かしい生理痛のような痛みに襲われてナナはちょっと顔を歪める。あ、でも、これも魚になったら気にならなくなるかもしれないし、と再びナナは気分を変えた。
それからしばらく、ナナはこれから先を想像してちょっとニヤニヤしてみたりした。
今までにないパターンだったが、自分の方が包容力ある年上だとアピールできる良いチャンスが出来たと考えるとついニヤけてしまうのだ。
そう、見た目は彼より年下に見えるかもしれないが、自分はれっきとした年上。ちょっとぐらい甘えが行き過ぎた行為があったからと言って、相手を一方的に責めてしまうような視野の狭いガキではない。
ひとしきりニヤニヤした後で、ナナは何か飲もうとバーカウンターを物色して水を発見する。ごくごくと飲んでから、ついオッサンみたいに「ぷは〜」と言ってしまった。
それにしても、彼はどこに行ったんだろう?
そんな事を考えていた矢先にチャイムが鳴り、ナナは慌ててベッドに戻って横になる。
いや、ここはやっぱり起きといた方がいいかな?
なんて事を考えて、あれ?とナナは思う。
キーを持っているはずの彼がなぜチャイムを鳴らすのだろう?
と、2度目のチャイムが鳴り、ナナは慌てて服を身に纏い扉を開ける。
そこには大きな箱を抱えたホテルスタッフが直立不動で控えており、ナナに箱を渡すと「お連れ様は1階ロビーでお待ちです」とだけ告げて去っていった。
あぁ、そうか、とそこでようやくナナは事態を飲み込む。
まだホテル内にはマスコミ連中がたむろしてるのだ、彼と同じタイミングで一緒にチェックアウトなんて怪し過ぎる。せっかくの昨日の苦労も台無しになってしまう。
お行儀悪くその場に座って箱を開けてみると、タートルネックのロングチュニックとコットンパンツが入っていた。
ターコイズブルーが目に鮮やかなその服に、しかしなんで今?と思ったのは一瞬で、ナナはすぐに自分の首筋に手を当てた。多分、色々跡が付いちゃってて、どうしてもタートルネックが必要な状況になってるんだろう。
手早く着替えを済ませて、ナナはチェックアウトの準備を行う。 別に部屋がどんな状態になっていてもホテルなんだし何も問題ないはずなのだが、つい色々と整理してしまうのは、日本人の習性みたいなものだ。
荷物をまとめ、ちょっと躊躇したが破れたキャミソールはゴミ箱に入れてから、ナナは電車の運転手のように忘れ物を指差しで最終確認して部屋を後にした。