sirena2

□sopa
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【スープ】

 グルメタウンから帰宅したナナは、さっそく修行の日々に入る。
 修行、と聞いてナナはいくつかの格闘漫画をイメージした。
 大抵、ストーリーが違えど大体の方向性は同じだ。
@ 敵が出現
A 最初、主人公は敵に全然歯が立たないが、新たな修行を行い、新必殺技を編み出す
B その敵に再挑戦
C そして勝利

 それでまた次の敵が現れて、A〜Cを繰り返すのがセオリーだ。

 つまり、現段階で@はもう済んでいるので、後はそいつらをやっつけるための修行方法&新必殺技を見つけなければならないのだが・・・。
「水…ねぇ」

 ナナは一番最初の段階で躓いてしまってたりした。

 バスルームで頭からシャワーを浴びながらナナは必死に目を閉じる。正に気分はどこぞのお寺の滝行だ。

 −まずは、意識するところから

 ココはそうアドバイスしてくれた。
 あの時、突如現れたのが水だったのならば、きっとまずはその水を意識するべきだと。
 見て、触って、嗅いで、舐めて、音を聞いて…とにかく水を感じる為ナナは必死に考える。
 人体の70%を構成する水は、水素と酸素が融合してできたものだ。
 プラスイオンの水素と、マイナスイオンの酸素が結びつくことによって水が生成されるのであれば、水を操るということはすなわちこの2つの元素を操ることになる。

 2つの元素に磁気を帯びさせ、引きつけ合うように仕向ける。
酸素が持つ手は2つ
水素が持つ手は1つだけ。
故に作るのは酸素1つに水素2つの集合体。
それを何千何万と集めて、それぞれを支配したまま、自分の意思に従わせる。

・・・って
「できるわけないっつーの!」

 一声叫んでナナはシャワーを止めた。
 さっきからもう1時間近く水を浴び続けた体はすっかり冷えて、何だかふやけてしまったような気がする。
 お湯を浴びても良いならもっと続けられる気もするが、どうもお湯と水では勝手が違うらしい。
(確か、お湯の分子は動きが活性化されているからコントロールがより難しいとかなんとか言われた気がする)

 沸騰して、頭から湯気が出てきそうなこの状況では、水でむしろ良いのかもしれないが、とにかく、現時点では、何度挑戦してもまったくもってさっぱり何もつかめていない。

 食材の声ならぬ、分子の声か
 いや、正確には元素かもしれないが、ハードルが高過ぎてそこまではまだ無理っぽい。
 ていうか、どう考えても無理だ。

 さらりとした半袖のロングワンピースに、日焼け防止のカーディガンを羽織って、ナナは家の外へ出る。

 ココは今仕事で不在だが、ナナはもうほとんど街へ行く事もない。ただひたすら水を眺めては、何かきっかけが掴めないかと試行錯誤を繰り返す日々を過ごしている。

「もう無理〜!絶対の絶対の絶対に無理です〜」
 そして、ナナが泣きつく先はいつだって同じ。包容力抜群のキッス様だ。

「そうか」

 いくらココに愚痴を言っても、理詰めで反論されて更には毒舌攻撃まで受けてしまう。
 しかもナナが無理無理言っている体内での元素レベルの合成技を、彼は本当にやってのけているのだ。
 しかもほぼ完璧にコントロールしているし、生成可能な成分の種類だって、日に日に増やしているらしい。
 相手が悪すぎる。
 そういう訳で、ナナはココの居ない日を狙って、キッスを見つけては愚痴を吐く事にしている。
「どう思います?つまり念力ってことですよね?動け〜動け〜って言い聞かせるアレですよね?しかもいわゆる何でも動かす念動力じゃなくて、水限定でやれ、多分できるって言われても、確認のしようもないじゃないですか、ねぇ?」

「そうか」

「もう無理ですって〜。あれから2ヶ月経つんですよ?毎日毎日毎日毎日ず〜っと水の事ばっかり考えて、もう私の恋人は水ですか!?って感じになってるんですよ〜」

 お行儀悪く木の下にそのまま寝っ転がって、ナナはジタバタする。
 ナナの知っている漫画では、苦しい修行の詳細をそこまで見たい読者なんてそうはいないのだろう。大抵は2、3話も過ぎると『それから半年後〜』なんてテロップが流れて、気がついたらレベルアップした主人公がいるのだ。
 そんでもって、必殺技だってちゃんと編み出していて、でも「オレの必殺技は最後のお楽しみだぜ!」なんて言うだけに留めておいて、実際のネタバレは敵キャラとの戦いが佳境に入ってからなんだ。
 でも、ここでは待てど暮らせどそんなテロップが流れてくれる訳もなく―。

「はぁ…。現実って厳しいですねぇ」
「そうだな」

 青空を眺めながらナナはキッスに愚痴を吐き続けた。
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