sirena3
□amor
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冷たい唇がそっとボクの唇を塞いだ。
海の味がした唇を少し舐めたら、少し開いた彼女の口の、その先の舌は驚くほど甘くて
こんなに素晴らしい味がこの世にあったのかと、ボクはいっそ彼女の体を掻き抱きそのまま
「へっくしょい!」
…帰宅することにした
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2人びしょ濡れの体でキッスに乗り、たった1つの場所を目指して飛ぶ。
冷えきった体をぴったり重ねてシバリングをすれば、彼女は笑って「マッサージチェアみたいです」と不思議な感想を述べた。
その突拍子もない思考回路は本当に素晴らしい
夜風は容赦なく吹きすさぶ。
彼女を風から守るように抱き寄せて、その濡れたつむじに頬を寄せたら自然と溜め息が出た。
あぁ
抱き締める腕に自然と力が入る。
これを
これを失って生きていけると
ボクはもう2度と思わない
小さな、柔らかい彼女の顎をそっと持ち上げて瞳を見つめれば、ゆるりとその瞳が細められる。
誘われるがままにもう一度口付けて、それからまた見つめ合って
でもそこから先をどうすれば良いのか、情けない事にボクの頭は全く働こうとはしてくれなかった。
一体あの日、何があったんだい?
あの日から今まで、どうしていたんだい?
何から聞けばいいのか
どう質問すればいいのか
話さなければならない事、聞かなければならない事は沢山あるのに、こうして彼女を抱き締めるともうそれだけで何もかもがどうでも良くなってきてしまう
それでも言葉を選んでいる間、ナナちゃんはボクの葛藤を分かってくれているのか、何も言わずにただそっとボクの胸に手を当て、頬を寄せてじっとしていてくれた。
「その…」
「はい」
「今まで、離れていた間」
「…はい」
「辛かったり、苦しかった事があったら教えて欲しい」
「え?」
悩みに悩んだ末の言葉に、彼女は首をかしげる。
「君をそんな目に会わせた奴らは全員相応の報いを受けるべきだからね」
そう言うと彼女はきょとんとして、それからくすくすと笑い出した。
「すごい台詞、さすがココさん」
頬を胸に当てたまま、そうやって笑う彼女の振動があまりに心地良すぎて、ボクはまた言葉を失う。
「大丈夫ですよ」
全然大丈夫でした、と。そう答えた彼女は間髪入れずに「ココさんは?」と呟いた。
「ボク?」
はい、と答えて彼女は下からボクの顔を覗き込む。
年甲斐も無く泣き腫らして、みっともない顔になってないだろうか、と
今更ながら少し焦っていたら彼女の小さな唇が「はい」とボクの言葉を肯定した。
「ココさんも、私がいない間、辛かったり、苦しかったりしなかったですか?」
真っ直ぐな瞳がボクを見つめ、労(いたわ)りの言葉をいとも簡単に与えてくれる。
「…ボクも」
濡れて露になった額にキスをしたのは、不甲斐ない自分を見られたくなかったのだと、彼女は気付くだろうか?
「ボクも…大丈夫だったよ」
そうだ
大丈夫だ
だって、今こうしてまた君を腕の中で抱き締めている
それなら、辛かった事など何もない
「でも、情けない気持ちでは一杯かな?」
「え?」
可愛い口から零れる疑問符さえ、食べてしまいたいと思いながら、ボクはずっと暖めていた言葉を口にする。
「あの日ボクは、君の受難の相を見ておきながら結局何も出来なかった。その上、こうして君の方から戻ってきてくれるまで、また何も出来なかった…全く、ダメな男だ」
「あー、そうきますか」
真剣にそう謝罪するボクの下唇をナナちゃんはいきなり摘まんで引っ張った。
「そういうの、ダメですよ」
「?」
今度はボクの口から零れた疑問符に、彼女が楽しそうに笑う。
「私、守られてばっかりは性に合いませんから」
ほら、結果的に敵の手からも無傷で逃げて、まぁ色々ありましたけどこうして戻ってきたじゃないですか?私の完全勝利ですよ、と
鈴を転がすような声で告げる彼女は本当に上機嫌だ。
そして、上機嫌な彼女を腕の中に抱く事ほど幸せなことはない
ボクはしばらく調子に乗った彼女の武勇伝に耳を傾けた。
あの日、突然現れたスタージュンとグリンパーチに拐われたナナちゃんは、ボクの占いが示していた通り最終的にグルメ界へ連れて行かれ、ボスによって食べられてしまう寸前、姿を変えて逃げ出したそうだ。
美食會の副料理長が2人がかりでこんな無力な女の子を…
ボクは早速、報いを受けるべき人物として頭のリストに彼らの名前を記入する。
もちろん、そんな事を考えているなんて顔には出さずに
「まぁ、でも、本当に結果オーライでしたよ。お陰でいろんな事が分かりましたし」
どこまでも前向きな彼女の話は聞いていて面白い
「私の体は、思ってた以上に単純で、複雑なんです」
…ん?
突然の発言に今度はボクが首を傾げる。
「イメージの力が大事だって、いつかココさん言ってましたよね?」
「そうだね」
「本当に、イメージなんですよね。もしくは思い込み、でしょうか?私の体はぶっちゃけこれくらいだったんです」
これくらい、と言いながら自分の胸元辺りを手の平で示して、彼女は「なにせビン1本分でしたから」と言って1人うんうんと頷いた。
「色々と足りなくても、なんとか1人分の形を作るんですから、本当に今時流行りのエコライフを地で行ってますよね?」
「?」
どう返事をしたものかと悩んでいる内に、彼女はまた楽しそうに話を続ける。
「あ〜、もしくは分身の術、かなぁ?でも、必死だったからできたんであって、今やれって言われても全然できそうな気がしません」
「分身の術?」
忍者みたいで格好良いなと思いながらも、敢えて話の腰を折るような事はせず、ただ目線で彼女に続きを促す。
「はい。溶けた私は、利用価値がないと思われてそのまま捨てられました。酷い所でしたよ。残飯が山のようにあって、本当に食材達が可哀想でした」
そうして、彼女は残飯の山から海水へと染み出し、更には地下を流れる海洋深層水に乗って、世界中を旅する羽目になったそうだ
「ココさんにも、グルメ細胞がありますよね?」
途中、グルメクラゲにも出会ったらしい
「私も、あれに近いんだと思います」
「ナナちゃんが?グルメクラゲに?」
「はい。グルメクラゲは、グルメ細胞を持ってますよね?」
「そうだね」
「で、皆さんそれを移植して色んな能力を上げてるんですよね?」
「そうだね。具体的には再生能力の飛躍的向上と筋繊維の肥大、それから適合食材による段階的な潜在能力の「ストーップ!!」」
ボクの説明を遮る為にナナちゃんがボクの口を手で塞ぐ。
その手の感覚に、敢えてされるがままになっていたら「もう」と1つため息を吐かれた。
「それは『ヒト』視点の捉え方ですよ」
ナナちゃんはそう言って人差し指をピンと立てる
「グルメ細胞は相利共生をしてるんです」
それから、そう断言した。