sirena3

□casino
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コトリの1日は夜から始まる。

そんな表現がぴったりな仕事は前の世界にも沢山あったが、まさか自分がそんな仕事に携わるようになるとは…。

思えば遠くに来たもんだ、と思いながらも「まぁ、人生万事塞翁が馬だ」と開き直って彼女は今の人生を楽しむ事にしていた。


「おはようございまーす」


グルメカジノの裏方は、想像していた以上に複雑多岐に渡っている

なにせここはIGO非加盟の国際監視対象国ジダルだ

自分の身を守るのは自分しかいない
いわんや自分の財産においてをや



この世界に足を踏み入れた者の多くが、まずその警備の多さに驚く。

彼らは、それこそグルメヤクザが優しい人達に見えるような情け容赦ない制裁を、犯罪者(大抵がカジノの景品や掛け金を盗もうとした者)や無一文になってしまった者、または借金までして起死回生に挑んだものの敢えなく失敗に終わった者へと行っていた。


「おはようさん」

彼らは一体何処へ連れて行かれるのか

グルメカジノの敷地は広大で、まだここで第2(第3?)の人生を始めて数週間のコトリには把握のしようがない。

そして、そんな事を知ろうとしない事こそが、ここで無難に生きていく最大の秘訣だと教えてくれたのは目の前の女性だった。



夜8時、まるで舞台の控え室のようなこの場所に入るところからコトリの1日は始まる。

そこではこのグルメカジノで働く女性達が処狭しと身支度に勤しんでいる。



カジノの仕事なんて、大きく分ければ「表の仕事」か「裏の仕事」かの2種類しかない



前者はごく真っ当な仕事と言えるだろう
客が稼いだコインと食材の交換事務、ディーラーまたはその補佐、フロアの清掃にホテル運営…。

男性スタッフも含め運営業務に携わる彼らは、この豪華な世界で夢のひとときを演出し、ここの警備の恐ろしさを誰よりも間近で見ている分、おかしな事など考えようとはせず至極真面目に仕事をしていた

そうやって24時間休まずに動き続けているこの世界で、しかしそっち系の人達にこの控え室で会う機会はコトリにはなかなかない。


「あんた、ちゃんと食べてきたのかい? 相変わらず白い顔しちゃって」

目下親しくさせてもらっているのは、大体この時間帯から活動を始める後者の人達だ。

様々な色に染めた髪、真っ赤な口紅、肩を露出する大胆な格好をしたこの女性達は、同類相憐れむ気持ちがあるのか、何かと新入りであるコトリの世話を妬いてくれている。


彼女達が、このグルメカジノの最大の特色にして警備の次に需要の高い職業である『グルメガール』だ

ぶっちゃけていうところのコールガールにあたる仕事になる

ただ、普通のコールガールと違うのは彼女達が食事の斡旋を行ってくれる所だ。


カジノで大当たりを出せば、高級な食材が手に入る
その食材を更に賭けの対象とするような怪しい世界も噂ではあるそうだが、大抵の人には関係のない話だ。

つまり、大多数の人は手に入れたその食材を調理し、堪能しなければならない。
そうでなければ、なんの為に高級食材をゲットしたのか、正に宝の持ち腐れになってしまう。


もし自宅への持ち帰りを希望した場合、その食材は直ぐ様グルメケースに保管され、グルメカジノが責任をもって指定した場所まで郵送してくれる。

そしてもしその場での調理・実食を希望するなら、一般メーンエリアに軒を連ねる有名料理店に直接食材を持ち込んで調理してもらう必要が出てくる。




そこで彼女達の出番だ


コインを食材に交換し終えた客に優雅な仕草で近付くと「まぁ、お客様お目が高い、ジューシイタケと交換なさったんですね。それでしたら、『わっしょいステーキ』で完美牛と一緒に秘伝のタレでお召し上がりいただくのが一番かと存じますわ。いかがです?」と言葉巧みに客を誘い、レストランまで案内する。


見事案内できれば、そのレストランから僅かながら仲介料が貰える。

そして、案内ついでに食事に同席し、夜のお誘いにも成功すれば、報酬はぐんと一気にアップするわけだ。


希少且つ美味なる食材を美女を肴に堪能し、更には彼女本人も堪能できる


そんな事が実現可能な、まさにここは夢の国だ。


「ありがとうございます。いやぁ、この顔色は元々なんで、もう諦めちゃってるんですよ」

控え室の隅っこでひっそりと支度に励みながらコトリはそう笑う

笑いながら、自分の現状にちょっと溜め息が出てしまいそうになって、慌ててコトリは気持ちを切り替え「健康そうに見えるメイクの仕方、また教えて下さい!」と彼女にお願いした。





グルメガールとは対照的に、コトリの仕事はちょっとイレギュラーだ。

だからといって、大した仕事ではない

一般メーンエリアの奥の奥、ひっそりと存在するバーコーナーの一角に1台のピアノが置かれている。

ピアノは檻のようなものの中に入れられていて、ちょっと離れて見ればそれが鳥籠を模している事はすぐ分かる。

鳥籠にはコイン投入機が付いていて、そこにコインを入れると電光掲示のルーレットが回転を始め、見事当たりの上で光が止まればコインは倍増、更には中の女性…つまりコトリが一曲披露してくれるという仕組みになっていた。

一言で説明するなら、人間ジュークボックスだ

こんな物にのめり込む客などいないが、カジノの熱も若干冷めてくる深夜から明け方にかけて、ちょっと変わった趣向を求められた時に提供する箸休めのような存在としてコトリはここに置かれている。


マネージャーからは、「味消しショウガ(ガリ)」みたいな仕事だと最初に言われていた

(コトリは正直ガリがあまり好きではないので、それを聞いた瞬間「私がガリ…」とゲンナリした)

一般メーンエリアには1日何万人もの客が訪れる

観光目的の冷やかしの様な客もいれば、常連客として定期的に長期滞在しているお得意様だっている。

それら全ての客層に対して常に刺激的エンターテイメントを提供する為、マネージャーも色々と試行錯誤をしているのだろう。


貸衣裳に身を包み、フェイクのアクセサリーをチャラリと言わせながらメーンエリアへと繋がる扉を開け、いつものようにコトリは鳥籠の中のピアノに座ってスタンバイをする。


まぁ、このカジノの経営方針も、どんな娯楽が受けるかも、コトリには関係のない話だ。

ただ、貰えるものさえ貰えればそれでいい

コトリはそう考えて、ひとつ伸びをした。
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