sirena3

□paraiso
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「あ〜…」

トリコは、昨日から始めた家の片付け(荷物を整理するのではない。全てを胃袋に納めるのだ)を中断せざるを得なくなってしまい、1つ溜め息を吐く。


お腹が一杯な訳ではない


甘いものは大好物だ


山のようなプリンだって、泉のようなチョコレートだって跡形もなく消滅させる自信がある


ではなぜ今食欲がないのか?


それは、他でもない、目の前のバカップルに胸焼けがしてしまっているからだった。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□


ナナがお菓子の家を飛び出した時、トリコは敢えてそれを止めなかった


頭を冷やす為にしろ、ここから逃げ出す為にしろ、彼女の行動は彼女が好きに決めればいい


トリコは本心からそう思っていたのだ。


テリーがついて行ったのなら、猛獣に襲われる心配もないだろうし、帰って来れなくなる事もない

それなら、なかなか思い通りにならない人生、出来る時に出来るだけやりたい事をやらなければ。


トリコは胡座をかいた膝に頬杖をつく。


…まさかナナになって戻ってくるとはなぁ


そして目の前の光景に再び溜め息を吐く。


…しかも毒舌プリンスのオマケ付きで


エントランスホールだけになってしまった家の床に座り込み、トリコはガシガシと頭を掻きながら、いつかのココのようにその目元をピクピクさせた。





「全く、脳味噌まで筋肉でできている男の言う事を真に受けたボクがバカだったよ」

そう語る男の言葉は、わざとではなくどこまでも真剣なのだろう

真剣に、ここまで仲間をコケにできるのかと、トリコは感動すら覚える。


唯一残されたマシュマロックのソファは今、客用として使われ、そこにゆったりと上品に、深く座り込んだココは、すっかり腰の立たなくなったナナ抱き寄せて甘く笑っていた。


「あ、ナナちゃんこのソファはね、マシュマロックっていう食材で出来てるんだよ」

疲労回復には甘いものが一番さ

そう言いながら甲斐甲斐しくその口元に寄せられたマシュマロをナナは美味しそうに「あーん」と頬張る。

「ふわふわで美味しいです〜。あ、もしかしたらトリコの脳味噌って筋肉じゃなくてこれで出来てるんじゃないですか?」


アホか


そう突っ込まずにはいられないトリコとは対照的に、ココは真剣に「そうだね、ナナちゃんの言う通りだ」と同意した。


こっちも食べてみるかい?と、ソファに優しくナナを座らせたココは、残り少ない玄関の壁を装飾するスイーツサンゴを取ってそれを彼女に手渡す。


「ありがとうございます」

「お安い御用だよ」

そしてとろりと甘い微笑みをこぼす。



「あ、ポキポキしてて美味しいです」なんて言いながら上機嫌のナナを優しく見下ろしてから、ココはすっかり不貞腐れているトリコの側まで近付くと、その斜め隣に腰を下ろした。


片膝を立てて後ろに手をつくポーズはどこまでも優男で、頬杖をついたままトリコはその姿に目を細める。


…確かに今回の件では自分の見立ても対応も、何もかもが見当違いだった


散々格好つけておきながら、今、エントランスホールの端と端にいなければならない程、彼女の香りはハンパない。


この香りさえなければ、どこまでも彼女とは普通に会話をする事ができたのだが…。


まぁ、全てが今更の話だ。



「本当に、お前には感謝しているよ、トリコ」


「へいへい、そりゃどーも悪うございました」


「皮肉じゃないよ」


「…分かってるって。てかお前、ナナの匂いし過ぎ。もっと離れろ」


はは、と少し首を傾け笑うココに合わせて、耳元のピアスがチャラ、と音を立てる。


「頑張って慣れろよ。これからはずっとこんな感じになる予定だからね」


「毎日かよ?」


「理想はね。でも現実は…隔日かな?…いたっ!」


ちょっと怪しい方向に進みかけた会話は、ナナの投げたスイーツサンゴに食い止められた。


結構な距離があるにもかかわらずココの頭にそれをクリーンヒットさせたナナが楽しそうな歓声を上げる。



トリコは益々げんなりした

彼の位置からは全てが丸見えだったのだ。



ココの明るい、柔らかい色合いをしたミルクティーのような瞳が、視界の端に恋人を映す

さりげなく視神経を活性化させ、彼女の揺れる銀髪を、スイーツサンゴを振りかぶる指先を、少し染まったその頬を、ゆっくりと愛でる。


その瞳に、飛んで来るスイーツサンゴはきっとスローモーションのように見えていたに違いない


そうやって一連の動きを幸せそうに眺め、全てを子細漏らさずその瞳に焼き付けて、それから彼はそっとその軌道上に頭を移動させたのだ。


「食べ物を投げちゃダメだよ」

なんて言いながら、それを拾い上げてきちんと食べる男は、きっと彼女が触れたこのスイーツサンゴにだって嫉妬できるんだろう。


「…ごちそうさまでした」


トリコは自宅の完食を諦め立ち上がった。




それでも、自分が食べなかったからといって、残った家が無駄になるなんて事は決してない。


主の消えた家は、きっと小さな虫達に食べられて

その虫たちから始まる命の連鎖の果てに

いつか必ずその一部はまた自分へと巡ってくる


…もし今そんな話をこいつらにしたら

きっとそれだって自分達にこじつけて余計にこの空間を甘くするんだろう





「それでお前、占いの仕事はどうするんだ?」

オレ、占ってもらいてぇ食材があるんだけど

最後にそう聞いてきたトリコに、ココはにっこりと笑い「生憎だけど」と続ける


「ボクの瞳は今、ナナちゃん専用なんだ」


「あー、はいはい。そりゃ大変失礼しました。もうオレは行くぞ!後はお前らで好きにしろ!」


にっこりと笑ったココに半ば怒鳴り付けるようにそう言い残し、最後に玄関のドアをバキッと取り外すと、チョコレートでできたそれをバリバリ食べながらトリコはスイーツハウスを後にした。


「お前の家族はどうしようもないな」

外で待機していたエンペラークロウにまで捨て台詞を吐いたトリコはしかし、頷くように小さく鳴いた彼に思わず吹き出し、その嘴をポンと軽く叩く。




「本当に、この世には煮ても焼いても食えねぇ話があるんだなぁ」

おー怖ぇ

独り言のようにそう呟き、寒い訳でもないのにブルッと震えてから残りのドアを食べきって、トリコはそれ以上後ろ振り返る事なく自宅に別れを告げた。
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