sirena3

□memoria
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ふと、意識が浮上して私はパチリと目を開けた。



ボーッとしたまま天井を眺めて、それから少し右を向いてカーテンの隙間から漏れる朝の光を確認する。



へ?


朝?


そこまで認識しておいてから、今得た視覚情報がおかしいと気付いた私はようやく慌てて起き上がる。

これは初めて見る景色じゃない
でも、自分がいて当たり前の景色かと聞かれれば全然そんな事もない。

間違いない、ここは昨日見た寝室だ。




下を見れば、バスローブのまま寝てしまっていた私は、とてもじゃないが他人様には見せられない状況になっている。

あたふたと裾を整え直し、髪を手櫛で押さえ付けていたら、どこからか話し声が聞こえてきた。


私はそっとベッドを降りてみる。


ふわふわの絨毯に踝(くるぶし)まで沈んでしまった足元はちょっと歩きにくいが、その感触があんまり気持ち良くて、ついそこにあったルームシューズは無視してしまった。



足音も立てずに(ていうか立たない)そっとドアまで近付いてみれば、何やら昨日の3人組が話し合いの様な会話を繰り広げていた。



「僕のホテルはいかがでしょう?レストランのウエイトレスでもホテル業務でも、彼女にしてもらえる事は沢山あると思うんです」

彼女?

って、私の事?


私はそっとその場に座り込んで聞き耳を立てる。


「でもお前、ホテルグルメはIGOの系列施設だぜ?グルメIDもねぇのにどうやって雇ってもらうんだよ」

「や、そこはこう、トリコさんのお力でなんとか」

「ならねーよ。てかそんなゴリ押ししてみろよ、ますます怪しいじゃねぇか」

「いや、そもそも小松君は職員専用の独身寮に住んでいる。彼女を引き取るのは元々無理があるよ」

「うう〜、ココさんまで」

「サニーやゼブラにいきなり頼むなんてありえねぇ話だしなぁ」

トリコさんのガシガシと髪の毛を掻く音がドア越しに聞こえてきた。


「やっぱりここはボクしか…」

「却下!却下だ!それだけはぜってー却下だ!」

「うわ!トリコさんっ静かに!お静かに!」



いや、小松さんの声の方大きい気が…、と内心で突っ込んでいたら、案の定ココさんからも同じ事を言われてへこむ彼の様子までが聞こえてきて、私は1人ふふ、と笑う。


「大体なお前、引き取るってあれか?お前の家に残ってるモンをアイツに使わせるのか?それが何を意味してるか分かってんのか?」

「……」


私はそんな会話を聞きながらドアに背を預けて膝を抱える。

グッと寄せた膝の上に顎を乗せて、ぼんやりと正面を眺めながら無表情のまま軽く目を閉じてみた。


まだ会話は続いている。


この会話が何を意味するのか、それが分からない程私もバカじゃない


つまり、押し付け合いだ


私というお荷物の



私は3人に気付かれないようにそっと静かに立ち上がると、バスルームまで移動した。



まぁ、色々あったけど今は朝だ
その事実はもうどうしようもない

開き直る訳ではないが、つまり例の負債額もめでたく2倍になってしまってるんだろう


…取り敢えず、自分の部屋に帰るか

ドレスは軽く洗って干しておいたから、今なら着れない事もないかな、と

そう思って入ったバスルームには、見事なまでに何もなかった。

「…え?」

靴もない

彼のタキシードもない

なんとビックリ下着までない


「え?え?」

これは、つまり、全部クリーニングに出されてしまったんだろうか?


あちゃー

私は思わず所在なさげに髪を掻く。

なんだろう、この感じ

怒るに怒れないというか、キレるにキレられないというか


トリコさんから酷い仕打ちを受けても、シャワーをお借りしたらうっかり気分爽快になってしまって

疫病神みたいに扱われて甚だ心外だと怒っていたのに、至せり尽くせりの待遇にすっかり機嫌が直ってしまって

私の感情は浮かんだり沈んだりで昨日から大忙しだ


あー

まさか、これはそういう作戦なんだろうか?

いや、まさかね、と思いながらバスルームを後にした私は、徐々に明るさを増す部屋の中、扉の近くに置かれたスツールの上に箱まで発見してしまう。

…しかも結構沢山



(いや、まさか、そんな…)

扉の向こうであーだこーだ言い合いをしている3人に気付かれないようにそっと一番上の箱を開けてみれば、そこには淡い桜色のワンピースが入っていた。

…ちょっと若干乙女チック過ぎる気もするが、手触りはさらさらで、一目で高級そうなオーラが漂っている。

次の箱には靴、それから下着も

ていうか何でここに私のサイズの下着があるんだ!?

ジャストサイズのブラを握り締めて思わずワナワナと震えてしまうが、ま、まぁ、クリーニングに出した(であろう)下着からなんらかの情報を入手したに違いない、いやきっとそうだ、と私は無理矢理自分を納得させた。


扉の外ではまだ会議が続いている

お荷物の行き場はなかなか決まらないらしい



それなら


私は、慌ててドアを開けて『この服ってもしかして…』みたいなコテコテのやり取りをするのはスルーして、箱の中のものを身に付ける。



基本お調子者の私は、昨夜からのあれやこれやを総合的に判断した結果、結局機嫌悪くなんてなれないでいる

でも、ここでヘラヘラする訳にはいかない

どうやらうっかり寝てしまって、あれ?ていうか私はいつの間に寝ちゃったんだろう?

お!?

いやいや、そもそもここがあの寝室なら、昨日彼はどこで寝たんだろう?

えぇえ!?


いや待てよ、待てよ、と私は自分を落ち着ける



そ、それでもやっぱり

お荷物には、お荷物の主張があるのだ


こんなに良くして貰ったのに機嫌悪くするなんて、いっそ罪悪感すら感じてしまいそうになってきたが、ここは心を鬼にするしかない!

私はひとつ深呼吸をしてから大きく息を吸ってドアを開け、声高々に宣言した。



「自分の事は自分で決めます!」

突然の乱入に3人が驚いた顔でこちらを見る

「コトリちゃん」

ココさんが立ち上がり何か言う前に私ははっきりと言い切った


「私、今日からグルメヤクザになります!!」
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