sirena3
□pajarita
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次の日、朝早く、マッチさんを先頭に私達はネルグを後にした。
欲を言えば、スラムの子供達にもちゃんとお別れを言いたかったけど、これ以上我儘を言う訳にもいかない。
今の私は荷物なんて何もなくて、正に文字通り『身一つ』の状態だが、それでも生まれたままの姿で目を覚ましたあの時に比べたら今は下着も服もちゃんと身に付けている。
おまけに貰ったフード付きのコートを着れば、寒さだってへっちゃらだ
大進歩だ、うん。
(ちなみに、服はルイさんに色々貸してもらった服の中で1番まともに見えるスーツを1着頂いた。あと、例の下着はマッチさんに『ありゃお前のモンだ』と言われてしまっていた。彼なりの優しさなんだろう)
マッチさんのシマを出ても、ネルグを出ても、町の様子はそんなに変わらない。
荒廃したビル群に、砂ぼこりの舞う大通り
もっと栄えた国も町もあると聞かされてはいたが、そんなもの一体どこにあるんだろう?
そんなことを考えながらしばらく無言で歩き続けていると、目の前に、市場が見えてきた。
通りには人も増えて、そこそこの活気を見せている
今まで『犯罪都市』なんて呼ばれる所にいて、お買い物なんて呑気な事とは縁遠い生活を送っていた私はなんだかちょっとウキウキしてしまった。
…のは、最初のホンの数分間だけだ。
「マッチさん、こりゃぁ…」
シンさんも思わずそう喉の奥から絞り出すように声をあげる。
そこには、麻薬食材や『毒食材』と書かれた看板が堂々と掲げられ、店頭では怪しい食材がところ狭しと並べられていた。
「お兄さん、入荷したての新鮮な毒星があるよ。おひとついかがかえ?」
「らっしゃいらっしゃい!フグ鯨だよ!毒化してるから食ったら死ぬけど味はピカいちだよ!」
「ドラッグまいまいの粉末はいかがですかー?お安くしときますよー!」
活気に溢れた市場を横切りながら、私達は皆一様に無言だ。
酷い
これは酷すぎる
一体どうしてこんなに沢山の麻薬食材が堂々と取引されているんだろう
「おい、ルイ、もしかしてシマに流れてきた麻薬食材の出所は…」
「あぁ。そう考えるのが一番自然だな」
私の後ろでシンさんとルイさんが小さな声で話し合っているのが聞こえてきた。
やはり彼らもそうとしか思えないんだろう
しかし、マッチさんは一言も喋らない
ネルグを出た辺りから彼はずっと押し黙ったままだ
ただ市場の食材、殆どは違法食材であろうそれらをじっと見つめながら、どんどん先へと進んでいく。
私達も、今彼に話しかけるのは何となく憚られてしまい、同じように口を閉ざしてその市場を横切っていった。
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後ろを歩くシンさんにこっそり聞いたところ、ここはジダルという国の外れで、あれは闇マーケットと呼ばれる、違法食材ばかりを取り扱う市場だったそうだ。
…つまり、ネルグよりも危険ですさんだ場所、という事でしょうか?
そんな事を考えながらまた暫く歩いていると、ふと街の様子が変わりつつある事に私は気付いた。
さっきまでの怪しい雰囲気から一変して、通りは徐々に清潔感が溢れ、整備された、というよりもいっそ豪華と言った方がぴったりくるような建物が増えてきた。
進めば進むほど景色はどんどんゴージャスになっていく。
コートのフードを目深く被っていた私は必要以上に顎を上げてその新しい景色に息を飲んだ。
「すご…い」
キラキラとした豪華な飾りがそこら中にちりばめられた施設に、勢いよく吹き上がる水が幻想的な美しさを作り出すエントランスの噴水
そしてやっぱり『グルメ時代』というだけあって、様々な食材を模したモニュメントの設置された街並み
まるで浦島太郎が、亀も助けてないのにいきなり竜宮城に辿り着いてしまったような、そんな驚きが私の全身を支配した。
「こっちだ」
マッチさんはそう言って真っ直ぐある建物に向かって進んでいく。
豪華な建物の中でも特にキラキラとした建物だ。
最上階の更に上に、金色に輝く看板が飾られていた
「グルメ、カジノ?」
看板にはそんな事が書いてある
「おい、ルイ、どういうことだ?」
「知るか。なんでもかんでも俺に聞くな」
後ろの2人も行き先を知らされていなかったんだろうか?
少し動揺した様子を見せている。
マッチさんはそんな後ろの様子を気にも留めず、ズンズンと建物へと向かって進んでいった。
グルメカジノは、近付けば近付く程その輝きを増していく。
行き交う人の身なりは皆ゴージャスで、その表情は豊かさに満ち足りていて幸せそのものだ。
さっきまでスラムやらボロボロの建物やらで占められてた世界がこうも一変するとは…
貧富の差は私が元いた世界にだってあったけど、それにしてもこれは酷い、と思わずにはいられない。
…それで、私達はどうしてこんなところにいるんだろう?
さすがにそろそろ説明が欲しいんだけどな、と思った瞬間、「おい」と誰かが私達に話し掛けてきた。
「お前ら、カタギじゃねぇな?ここに一体何の用だ」
エントランスからカジノのスペースに足を踏み入れ、そのあまりの規模に開いた口が塞がらない状態でいた私は、情けない顔のまま声のした方を見る。
「ここは一般メーンエリアだろ?グルメヤクザだって元をただせば一般人じゃねぇか?」
マッチさんは何故だろう、わざと相手を煽るようにそう言った。
「グルメヤクザだと?」
『グルメヤクザ』という単語に、途端に警戒の色を露にしてこちらを伺ってきた黒スーツの男は、さりげなく胸元に手をかけようとする。
「おっと、騒がなくていい、安心しな。ドンパチやりに来たんじゃねぇよ、ビジネスの話をしに来たんだ。責任者はいるか?」
マッチさんはそんな男の様子を片手で制し、そう言ってふと目線を上げた
釣られて私も上を見てみると、そこには監視カメラが設置されていて、どうやらこちらにピントを合わせているようだった。
男は暫く耳元のイヤホンで指示を仰いでいたが、やがて「はい、分かりました」と返事をすると「…こっちだ」と言ってくるりと背を向けどこかに歩き出す。
「お前らも付いてこい」
ビジネス?
首をかしげる私達はそれでもマッチさんの声に条件反射のように彼の後を付いて歩き出した。