sirena3

□carroza
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【豪華な馬車】

ワールドコネクトを進む豪華客馬、グルメ馬車


馬車内部は、閉ざされた空間とはいえ、世界の縮図を表している。



一見すると巨大な建物にしか見えないこの馬車は、グルメタウンのランドマーク、グルメタワー同様、その階層によって入場者に制限が設けられていた。


下層部から中層部までは、搭乗者の誰もが立ち入ることのできるいわゆる一般エリア。

立ち並ぶ屋台やドリンクコーナーが訪れる全ての乗客の胃袋を満たし、霜降りマグロの一本釣りや解体ショーといった大衆向けイベントも数多く開催されている。



対する上層部は、搭乗者の中でも一定の富と権力を持つ者だけが立ち入る事を許されたVIPエリアだ。


ここは、そのVIPエリアの中でも更に最上層。一般エリアからは入る事のできない見晴らしの良いテラスでは、一目で裕福と分かる身なりをした老若男女が思い思いの時間を過ごしている。


無謀にも、パスもドレスコードも無視してこのVIPエリアに侵入し、捕まった挙げ句に捨て身の逃亡を計ったお騒がせな3人組がこの辺りを賑やかしてくれてから数日後、爽やかな快晴の空の下、そこには本来あるべき静寂な時間が流れていた。

いや、今度こそ、ようやく訪れた静寂、と言った方が良いのか。


「ふう」

突然乱入してきた海からの珍客を追い払った後、レモンティーを一口飲んだサニーが「うま」と呟いたその声と、VIPエリアには似つかわしくないバタバタとした足音が自分達に向かってやって来る音を、ココは目線を本に落としたままで聞いていた。


「し、四天王ココ様!サニー様!先程は大変失礼致しました!」


仕立てのいいスーツを着た50代の男が、ハンカチで額の汗を吹きながら顔面を蒼白にしてそう謝罪してくる。

恐らく、グルメ馬車の警備員が先程の1件、このテラスに侵入してきたロボスターとヤシモドキを追い払った自分達の功績をこの男ーおそらくはグルメ馬車で某かの責任者的立場にある者ーに伝えたのだろう。


平身低頭にひたすら謝罪しながら「こんなことは今までになかった」だの「目下原因を究明中です」だの言い訳を繰り返す男のセリフとサニーが遮る。

「てか、あいつらも美しくなかったけど、お前も大概じゃね?言い訳とか良いからさっさと今後の対策立てとけよな」

せっかくのつくしー時間が台無しじゃん、とその小高い鼻をツンを上げて攻めてくるその言葉に、男は返す言葉もなくペコペコと腰を折る。


「いや、何事もなくて何よりだった」


そんなサニーとは対照的に、ココは一言そう答ると、ぱたんと本を閉じてバルコニーへと移動して行った。


そのタイミングを彼らが逃すはずもなく、再び謝罪と感謝の言葉を繰り返しながら消えていく一向の気配を背中で感じつつ、バルコニーに吹き入る心地好い風に少し目を細めたココはふと、視線を感じてギガホースの方を見た。

今、彼は馬車の進行方向に向かって左側のテラスにいるので、ここからはその巨大な2頭の馬の内、左側の一頭しか見る事ができない。



その彼が、こちらを見ていた。
(いや、彼女、かもしれないが)



決してココの思い込みではない。

そのルビーのような真紅の瞳は間違いなく彼を見つめている。

純白の足から一歩一歩踏み出されるその雄大な歩みを止めることなく、しかしまっすぐこちらを見つめる瞳は思いの外澄んでいた。


意外な視線にしばらく巨大な馬と見つめ合う時間が流れたが、それはすぐに向こうから外され、再び前を向いたギガホースは2頭揃って一声嘶(いなな)く。

その瞬間、驚異的な視力を持つココにのみ、遥か前方にいた海獣達が一目散に逃げていく姿が見えた。



「なるほどね」


ふっと、目を臥せ微笑しながらココはそう呟く。


IGOが保有する生き物の中でもずば抜けて高い捕獲レベルを持つギガホース。

そのレベルの高さ故に、時に危険地帯も通り抜けるこの馬車の安全性は保たれている、とは搭乗時に聞いた宣伝文句の受け売りだが、果たして本当にそうなのだろうか?


これはココの推測に過ぎない。
しかし、かなり高い確率で真実だと確信している自分もいる。


彼らは、やってきたロボスターとヤシモドキの方角を的確に感知し、と同時に把握していたのだ。


今、ここに、自分たちがいると。

だから敢えて何もしなかった。



それくらい、お前らがなんとかしろ、と。
そういう事だったのだろう。

もしかしたら同時に、自分達はその実力を試された可能性すらある。



人間に支配され、金持ち達の道楽に従事するべくこうして走らされているギガホース


そう思っているのは人間達だけだと、そう考えてみるのは愚かな事だろうか?


自分のためだけに用意された、特製のレッドカーペットのようなワールドコネクトを、悠々と走り、気ままな世界一周の旅を楽しんでいるのはむしろ彼らの方だったとしたら?


人は、とかく自分達が食物連鎖の絶対的な頂点と盲信し、自分達の都合だけで世界を理解しようとする。


自分たち以外の生き物の存在価値は、利益をもたらすか、そうでないか、この時代においては、うまいか、うまくないか、そんな基準でしか図ることができない。


しかし、世の中には人間の想像を超えて高い知能を持つ生き物達がいる。


ココはキッスを例外中の例外だと思っていたが、どうやらそうでもなさそうだ。


グルメフォーチュンをくり返し襲う厄介者のクエンドンにさえ、その行為に理由と信念があるのだと教えてくれた女性の、必死に訴える真剣な瞳の色を思い出しかけて、ココは1つ首を振るうと、テラスへと戻っていった。
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