sirena3

□nombre
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ー犯罪都市 ネルグー

広大な街に複数存在するスラムでは、明日への希望を持つ余裕もなくただ今日1日を生き抜こうとする者達が、救いと言う名の食材(もしくは食材と交換できる金目の物)を求めて混沌とした路地をさ迷い歩く。

子供達も例外ではない。
彼らの仕事は、日々の僅かな糧を求めて様々な場所を物色して歩く事であり、そうやって彼等の毎日は過ぎていく。

ゴミ捨て場、川の中洲、そして少し遠出して浜辺にも。

文字を書く事よりも、足し算を覚える事よりも先に覚えた自分達の縄張りの中を彼らはひたすら下を見て歩く。

こんなスラムだって、いや、スラムだからこそ、縄張りというものが存在する。


それを律儀に守っていたところで録な獲物は見付けられないのだが、か弱い子供達にとって他者の領域を侵害する事は即ち死を意味し、故に彼らは今日も必死に許された範囲内で彼らなりの「ハント」に精を出す。



夕暮れの浜辺でそれを見つけたのは年の頃12、3の幼い少女だった。

沈みかけの夕日にキラキラと光る、少し青みがかった透明なガラス容器

一目見て、きっと高価なものに違いないと少し興奮する。

中には液体が入っているがこれはなんだろう?

香水、というやつだろうか?

だったらいいな、と少女は思った。

こんな綺麗な入れ物、たとえ空っぽでもきっといいお金になるに違いないのだ、中身にも価値があれば尚の事良い。

少女はそのガラス容器を大切に胸に抱えると、夕日に背を向け家路を急いだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


すっかり日が暮れた後、裸電球が僅かに灯るバラックの片隅に集まった子供達は、それぞれ今日の戦利品を報告し合う。

こんな子供たちのグループにもリーダーがいて、全員の持ち寄ったものをまとめて換金し、利益は平等に分配する。

一見当然のようにも聞こえるそれは、このスラムにあっては奇跡と呼べる程珍しい事だ。

幼いながらも「公平な利益の分配」の素晴らしさを知っている子供達は、自分達にその価値観を教えてくれたグルメヤクザの組長を誰よりも慕い、そして尊敬している。


「あたしは今日浜辺でこれを見つけたのよ」

興奮を隠せない様子で少女はそれをリーダーに見せる。

「それなあに?」

幼い仲間が興味津々にキラキラ光るそれをのぞき込む。

「なんだろう?女ものの化粧品かな?」

リーダーも、金目の物である予感を感じ取り、その小瓶をそっと掴んで安物の豆電球に透かして眺めた。

「知らないの?きっとそれは香水よ」

少女は少し自慢げに宣言し、これは絶対に他の縄張りの奴らには見つけられないように大切に管理して、できるだけ早急に売り捌くべきだと提案する。

彼らが尊敬するグルメヤクザの組長は、その地位ゆえに日々様々な仕事に追われており、このスラムに子供たちを訪ねてきてくれるのは1、2週間に1度程度だ。

珍しい食料や生活に必要な物を持ち寄り、外の世界の話を面白おかしく教えてくれ、そして自分たちが集めてきたガラクタを馬鹿にすることなく換金してくれる。

スラムとはいえ、自分たちが彼の「シマ」で生活している事がどれたけ恵まれているのか、ここにいる全員がきちんと正確に理解していた。



「こないだ会ったのが4日前だから・・・次に会えるのは10日以上先だなぁ」

どこに隠そう?

誰かが肌身離さず持っていようか?

いや、見たところガラス細工のようだし、うっかり壊してしまっては元も子もない。




年長組がリーダーを中心にあーだこーだと額を付き合わせて相談している隙に、その小瓶に手を伸ばす小さな手が1つ。

このグループで一番年少の男の子だ。

彼にはまだリーダー達の会話の内容がきちんと理解できない。

それでも、これがとても価値のある物だという事は理解できていた。

そして、グルメ時代に生を受けて数年のこの子は、ごく自然にその「価値あるもの」を「美味しいもの」だと思い込んだ。


彼にとってはそう考える事がいちばん自然であり、そしていつものように彼はお腹がぺこぺこだ。


おいしいのかな?

ちょっとだけ飲んでみてもいいかな?


仲良く平等に、そう言われても、年端のいかない子供にとって空腹を我慢する事程辛い事はない。


少しだけならきっと誰も気付かないはず

そう自分に言い聞かせながら、小さなもみじのような手は小瓶の蓋を取り、その小さな口は、そっと瓶の縁に寄せられた。



その瞬間、小さなガラス容器に入っていた液体はみるみるうちに膨張し、やがて小さな注ぎ口から溢れ出す。

呆気に取られ、大きく目を見開く男の子の目の前で、溢れ出た液体が地面を濡らす事はなかった。


その場にいた子供達は全員すぐに男の子の異常に気付き、次いで、いつの間にか生まれていた水の塊を凝視する。

その目線は徐々に上へと移動していき、自然と全員は寄り添いながら天井近くでグルグルと渦を巻く、うねるような謎の物体の動きを見守った。


「あ、あれ!何かな?」

「なんだろう?」

「ねぇ、怖いよ!大人を呼んでこようよ!」

「しっ!待って、見て!」


リーダーの少年が混乱し始める仲間達に声をかけ、空中を指差す。


その液体は、最初はグルグルと重力に逆らって不思議な回転を続けるだけだったが、やがて徐々に人の形を作り始め、同時に下降を始め、そして

「…あれ?」

気が付けばそこにはずぶ濡れの女性が1人、気の抜けた台詞を呟きながら全裸で座り込んでいた。
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