IGO大学体育会美食道部

□長月のDing Dong Bell
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9月の月は格別に美しいと、日本人なら誰もが思うだろう。

(自分の研究室のマッドサイエンティストは例外かもしれないが)

しかし、自分も似たようなものかもしれない。
深夜、ココは自室へと車を走らせながらふと思った。

十五夜なんてどうでも良い

愛でるべきものはあの部屋に


- - - - - - - - - - -


玄関の扉を開け、そこに彼女の靴を発見したココだったが、肝心の彼女の気配がどこにもない。
部屋の明かりは点いているが、時間が時間なのでもしかしたらと思いながらそっと足を進めると、

そこには自分のパジャマを着てベッドで寝る亜弥がいた。


すかさずココは携帯を取り出し撮影を開始する。

撮影音で彼女を起こしてしまう可能性はあったが、そのリスクを冒してでも、この写真は撮る価値があると彼は瞬時に判断したのだ。


撮影したものを確認し、次にそれを待ち受け画面に設定する。

どうせモバイルなんて人前では見せる事のないものだ。
この写真にしたからにはもう決して誰にも見せる事はないだろう。

いっそ研究室のパソコンも、壁紙を彼女にしてしまおうか?

ココは真剣な表情で推察する。

適当にネットで拾ったアイドルの画像だと言えば、あの教授がそれ以上何かを詮索してくるとは考えにくい。

よし、そうしよう。

英断即決した内容に自身でも満足し、ココはベッドサイドにしゃがみ込む。

亜弥はよく寝ている。

ココは人差し指の背でその鼻筋をそっと撫でた。

その滑らかなラインに、いつかの負傷が綺麗に治癒している事を確認し、安堵の溜め息を吐く。

(与作先生にお願いして本当に良かった)

『縁起物』に傷をつけるなんて、とココは少し憤慨した顔をする。

今時の若い奴らは知らないのかもしれないが、自分は信心深い地域で育ったので良く知っている。

亜弥は自分がかつてグルメ神社の巫女(みこ)だったと言っていた。

しかし、正確に言えば違う。

物品販売を行うような、アルバイト感覚で誰もができる巫女ではない。
彼女は『神子(みこ)』だった。

グルメ神社が祭る8体の神。
その神の近くに仕え、神と共に戯れ、その存在を慰める役目をもつ童女達は『神子』と呼ばれ、大人の兆しが現れるまでその役に励む。

発育が良い今時の子達の中で、5年間も神子を勤めたのは珍しい。

神子はその働きによって、多大なる神の加護をその身に受けるという言い伝えがある。
故に、自分の地方では未だに神子経験者を縁起物と呼び、嫁にと人気が高い。

 
そんな文化風習などどうでもいいが、両親含め親族が彼女を既に歓迎しているのは有り難い限りだ。


「ん」

亜弥が身じろぎを始める。

ココはその一部始終を肘枕をついて眺める。

やはり、今夜の月より愛で甲斐があるなと思えば、自然と笑みがこぼれた。

「ただいま」

「あ、お帰りなさ、い!」

と、ここでようやく覚醒した亜弥が途端にあたふたし始める。

「あの!パジャマ、すみません!実はここに来たは良いものの、寝間着を忘れてて…。汚い服でベッドをお借りするのも申し訳なくて…。お風呂頂いて、これ、勝手にお借りしちゃいました…」

そうして恥ずかしげにパジャマを示すその姿に、ココの頭の中で鐘の音が鳴り響く。

ネイビーのネルパジャマは彼女の肌の白さを強調させている。
長い袖から少しだけ見える指先も、サイズ違いで大きく開いた襟元から見える鎖骨の陰影も計算され尽くしたかのような絶妙な雰囲気を作り出している。


それを眺めるココの頭上では、鐘の音に合わせて小さなキューピット達まで出てきてラッパを片手にパタパタピヨピヨと飛び回り始めた。
そのキューピット達と一緒になって、あー、可愛い。可愛い過ぎる、やべー。と、ひとしきり脳内で叫び倒していると、ふいにキューピットがココの耳に何か囁く。

なるほど

「シャワーを浴びてくるから」

ココはそう亜弥に告げる。

「後でそのパジャマ、返してもらっても良いかな?」

もちろんパジャマなら他にもある

「はい、もちろんです!すみませんでした!」

慌てて謝ってくる亜弥に「あ、下だけでいいから」とココは念を押した。


「上は使っていいよ」


途端に、亜弥はギクリと後ずさる。

「どういう、意味ですか?」

「そういう、意味だよ?」

少し肌寒くなったとはいえ、まだ9月、

取りあえず全部脱いだ後でまた眠りに就く頃にはきっと2人とも汗だくだ。


キミは上を着て
ボクは下を履いて
寄り添って寝るくらいが丁度良いだろう


「あしびきの やまどりの尾の しだり尾の」

ココはバスルームへと向かいながら楽しそうに呟く。

「長々し夜『も』」

振り向くと亜弥は真っ赤な顔をしていた。

「『ふたり』かも寝む、だね」


秋の夜長も、2人で過ごすならこんなにも素晴らしい。

ココはそう言い残してバスルームの扉を開けた。


シャワーを浴びながらも、その後彼が束の間の眠りに落ちるその瞬間まで、祝福の鐘の音はいつまでも彼の頭で鳴り続けていた。
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