IGO大学体育会美食道部

□師走の独り言
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ココの実家から魚が届いた。
 
釣りが趣味の知人から定期的に頂く大量のお裾分けのお裾分けらしい。
〆た翌日の方が美味しいというそれは、つまり今夜が食べ頃だ。

丸ごとドンと届いたそれらをまな板の上に置いて、大根の切れ端を使って丁寧に鱗を取り除くココを眺めながら、亜弥は盛大に感心している。

「魚が捌ける男子学生なんて、小松さんくらいだと思ってました」

「確かに小松君ほどの腕前を持つ学生はそういないだろうね」

そう小松の腕前を褒めるココは、つまり自分程度の技術を持つ者ならそこら中にいるだろうと自身を卑下している訳だが、事情を知らない者が聞いたらちょっと嫌みに取れなくもない。

イケメンが魚を捌きながら「自分、まだまだですから」なんて言っている訳だ。


「普通、鱗って包丁で取るんじゃないんですか?」

「家庭で2、3匹捌く程度なら、こうした方が鱗が飛び散らなくて良いんだよ」

やり手な彼は大根を買ってきておでんを仕込み、残った先っぽをこうして鱗取りに活用している。

亜弥は、というと、カウンターに頬杖をついてキッチンを覗き込んでココの手元をじっと見ている。

いつか、このキッチンで彼と小松がカレーを作った時の様子が今の景色にダブって現れる。

仲睦まじく2人並んで料理をするような事を、付き合い始めて2度目の冬を迎えたというのにまだ亜弥はした事がない。

自分が1人で台所に立っても、2人で立っても、すぐにココがモードチェンジしてしまって話にならないのだ。

自分はそういう役割しか期待されてなくて、せいぜいコタツでみかんを剥いてるくらいが丁度良いという事なのかもしれないな。
そう思うとちょっと切なくなったりもするが、それでも今のこの状況は自分には過ぎた幸せだ。
 

「実習」

「はい?」

「やっぱり行くの?」

「教育実習ですか?そりゃ、もちろん。え?てかなんですかイキナリ」

「いや、小松君と言えばこの間久しぶりに彼を見たなぁと思って」

力強く魚の頭を切り落とすココは下を向いたままそう続けた。

「あぁ、10月半ばから丸々1ヶ月教育実習に行かれてましたからね」

なる程

小松さんは魚を捌くのが上手い

彼をこの間久しぶりに見た

教育実習に行っていたらしい

私も来年は行くのか?

という事か。


相変わらず彼の思考回路は早すぎて、理解までに若干のタイムラグが発生する。

「一応、小松さんと同じカリキュラムで行く予定ですよ。大学付属中学でいいなら6月にも行けるらしいですけどね。
今んところ地元の中学校に行かせてもらおうと思ってます」

「そうか…心配だなぁ」
(キミに会えない間ボクは正気でいられるんだろうか?)

「か、型の練習ならちゃんとしますよ?」

心配だと言われた亜弥はギクリとする。
実はこのままのペースで行けば彼女の昇段は来年の冬になる。
教育実習→昇段審査→卒論発表と、慌ただしい日々を送る予定だ。

それでも、学生の間にギリギリなんとか黒帯が取れる訳で、それは道場生に比べるとかなり早いペースになる。
ただ、来年は教育実習と全国大会の予選である地区大会が重なる為、在学中に全国大会へ出場する可能性はゼロになってしまっていた。

対するサニーはトリコ達よりも更に早いペースで昇段し、3年の夏で既に黒帯になっている。
全国大会への切符も入手済みだ。

元々こだわりが強いので型のレベルもかなり高く、トリコやゼブラよりもココの良いライバルになりそうだと皆が思っている。

これに関しては、同期がたまたま凄すぎたんだ、と亜弥は開き直る事にしている。

ココがちらりと目線を上げた。


「本当に?」
(ボクがそんな事を心配してると思ってる?)

疑いの目で見つめられて亜弥はちょっと焦る。

「だ、大丈夫ですよ!てか実習って来年の10月じゃないですか?まだまだ先の話ですよ」


「…やっぱり来年は就職しようかな」
(来年キミが卒業するならもう博士課程に進む意味もないし、残ってもあんまり会えそうにもないし)

「…は?」

ダメだ
相変わらずどうしようもない。

教育実習と昇段審査の両立の話をしていたはずなのに、なぜ話が彼の就職に飛ぶのだろう?

亜弥はそう思いながらもとりあえず話題の転換に対応する。

「え?!ていうか、今から就職活動して間に合うんですか?」

「とりあえず内定はもうもらってるんだよ」

「えぇえ〜!!?」

「お茶の会社か、警察なんだけどね」

「お茶?!と、警察!?なんでまた?!」

突拍子もない組み合わせに亜弥はつい叫んでしまう。

「うん」

対するココは3枚に下ろした魚を刺身にしながら平然と答える。

「お茶といっても、商品の開発部だ。大量生産における味の均一化や品質管理に化学技術は必須だからね」

多分今とあまり変わらない研究生活が待ってるから良いかなと思って、とココは続ける。

「じゃあ、警察は?」 
「そっちは簡単。あそこは、体育会の格闘技をしていた学生は大歓迎されるんだよ」

学生達から敬遠されがちな体育会系格闘技も、警察・消防・自衛隊関係者から見ればむしろ探し求めていた人材になる。

「亜弥ちゃんも受けてみる?きっとすぐ採用されるよ?」

そう言いながらココが顔を上げると、いつの間にか亜弥の姿は見えなくなっていた
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