IGO大学体育会美食道部

□いつかの神無月
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「すみません。ちょっとぼーっとしてました」


「そうだね。何度か呼んだけど、思いっきり『ぼーっと』してたよ」


内側から開けてもらった助手席に滑り込み、シートベルトを着ける私を確認してから、車は発進する。


そう。

実はあれから私はココさんと付き合い続けていた。


修士課程を2年で終えた彼は、引き留める教授をあっさり振り切り、24歳で『庭』を出た。
今は地元の警察に就職してバリバリの刑事さんだ。

科捜研もびっくりの科学知識に加えて、独学で身に付けた犯罪プロファイリングは凄まじい確率で犯罪者の行動を見透かす。

取り調べでも、相手の心理状態など何もかもお見通しといった発言をする彼に、ついに同僚達は「お前はもういっそ占い師にでもなれ」と皮肉るようになったと言っていた。

占い師って、ココさんが?と私は笑ってしまったが、意外にも本人はこの表現が気に入っているらしい。

先日も、冗談半分で取り調べ中の暴力団幹部に「あなたには死相が見えます」と言ったら途端にビビって洗いざらい自白し始めたと笑っていた。

恐ろしい話だ。

人嫌い、特に女性に対して持っていた苦手意識も、仕事だと割り切れば問題なくなってしまうみたいで、お水系のお姉さんに事情聴取に行く際は必ず同行を求められる。

あの甘いマスクで柔らかく微笑んで、「ボクには分かるよ。キミは真実を知っている。誰かを、庇っているんだね?苦しかっただろう?ボクで良ければ力にならせてくれないか?」なーんて言えば、聞いてもない事までポンポン情報が出てくるらしい。

22歳の、ちょっと影があって他人と距離を取りたがってばかりだった彼は、27歳になった今、当時の初々しさが懐かしくなる程完璧な優男へと成長してしまった。

非の打ち所なんかどこにもなくて、益々私とは釣り合わなくて困るのだが、物持ちの良い彼はあの日以来、ピアスも、車も、彼女も捨てずに同じ物を使い続けている。

ちらりと、運転席の彼を見る。
その横顔は相変わらず精悍で、署内でファンクラブができるのも頷ける話だ。

ただ
私に言わせれば、容姿も仕事も完璧な彼だが、その人間性には若干どころかかなりのクセがある。

特にコミュニケーションの部分で、付き合い初めてから今までに相当の苦労をしてきたのは、決して私のせいだけではないはずだ。

そう考えればあの日、2人の関係が始まったと同時に2人のすれ違いも始まったと言えるのかもしれない。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 
実はあの日、桜吹雪の中の告白の後、混乱しまくった私はあろう事か答えを保留してしまった。

部活が終わったら会えませんかとお願いし、アパートで待機していた私を彼が迎えに来てくれた夜10時、私はキッスに乗せられて例の高い塔のような場所へと運ばれた。


「すぐにお茶を入れるから」

 
春とはいえ4月の夜はまだ薄寒い。温かい紅茶の入ったマグカップを受け取り、小さなテーブルを挟んで2人向かい合って正座したまま、沈黙がその部屋を支配する。


「あの…」

 
一口紅茶を飲んでから私はそう切り出す。

ココさんも紅茶を一口含んで私を見つめて来る。

「うちは、部内恋愛禁止、ですから」

「うん」

「私、考えたんですけど」

「うん」

「誰にもバラさない、くらいの覚悟で行きませんか?」


「…」


「え…と、駄目、ですか?」

恐る恐るといった様子で聞いてみる。

ココさんが、無言で立ち上がった。

私はどうリアクションをとれば良いのか分からず、こちらに近付いて来るココさんを見上げる。

「…いい、かな?」

「え?」

ココさんが、私の前で膝をついた。

「抱き締めても、いいかな?」


「え?あ、はい!あ、いや、えっ、ど、どうぞ!」

え〜っと!

こ、こういう時は私も膝立ちになった方が良いのかな?!

いや、どのみち身長差はもの凄いんだけど!

でもやっぱり、だ、抱き合うなら両方同じ体勢の方がきっと絵的にも…!

なんて考えていたら、おずおずといった様子で肩に手を置かれて、そのまま少し屈んだココさんがそっと体を近付けてきた。

こ、これは…

抱きしめ、る、に入るのかな?


「髪の毛」

「へ?」

「髪の毛も、触っていい、かな?」

「…ぷっ」

その質問があまりにも恐る恐るといった感じで、私はつい笑ってしまう。

「亜弥ちゃん?」

「いいですよ」

私も、くすくす笑いながらココさんの肩に手を置く。


「何しても、いいですよ。嫌なら言いますから」

そう言った瞬間、肩に置かれていた手が腰に回り、さっきよりもぎゅっと抱き締められてしまった。

ちょっとビックリして固まる私の髪の毛を一房摘んで、ココさんが呟く。

「…ここに」

「はい」

「桜の花びらがついていたんだ」

「今日ですか?」

「いや、1年前」

「1年前?」

「そう」

「1年前って、あの日ですか?」

コクリと彼が頷く。

「…ついてましたっけ?」

「キミは覚えてないかもしれないけどね。ボクにとってはすごく印象的で、忘れられない光景だったんだ」


「へぇ…え?」
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