IGO大学体育会美食道部
□そしてまた卯月
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春
4月になって私は無事2年へと進級した。
そして今、新1年がそこかしこに溢れるこの広場で、去年の今頃トリコさんがいた場所に座って新入部員獲得に勤しんでいる。
…ウソです。
この時間帯は私以外全員授業が入っていて、誰もいないのを良い事に思いっ切り春の麗らかな陽気を堪能しています。
目の前を行き交う新入生たち。
それをぼんやりと眺めながら、買ってきたサンドイッチをパクつく。
新しい生活に対する期待と不安に、それでも顔を輝かせる、あんな顔を去年は私もしてたんだろうか?
何だか遠い昔のようにも感じられる。
実際、先輩になってみれば、そこには自分がかつて感じていたほどの大きな差なんでどこにもない(私だけかもしれないが)
部活には、ボチボチ入部希望者が訪れ始めていた。
サニー君は後輩ができるのが意外に嬉しいのか、面倒見の良い先輩になっている。
同時に、彼らの世話をする分自分の練習時間が減ってしまったと、あんなに美しくないと嫌っていた自主練を始めるようになった。
先輩になったらなったで、1年の時とはまた違う苦労があるんだなぁ、と、ようやく先輩の偉大さを理解する事ができる。
そうなってみないと分からないのは、やっぱり私の見通しが甘いんだろうな。
サンドイッチを食べながら、ぼんやりと桜の木を眺める。
この時の為だけに、日本人はそこら中に桜の木を植える。
年に一度の、僅かな一時の為だけに。
でも、だからこそ人は、その鮮やかに儚い美しさと一緒に大切な思い出をリンクさせ、こうして季節が巡る度に過去の出来事を昨日の事のように思い出したりできるんだろう。
サンドイッチを食べきって、私は頬杖をつく。
年度末の昇級試験で何とか緑帯になれたものの、サニー君も見事合格したので私達の差は依然埋まっていない。
トリコさんもゼブラさんも冬には昇段が確実で、年明けに開かれる全国大会への出場は確実だと言われている。
もしサニー君がトリコさん達と同じコースをいくなら、今年じゃなくて、来年。
3年で黒帯を取るであろうサニー君に4年の2人、それにマスター2年目のココさんと、4人全員が全国大会に出場する事になる。
間違いなく全員が優勝候補だ。
ライト級のサニー君
ミドル級のココさん
ヘビー級のトリコさん
そして無差別級のゼブラさん
きっとIGO大美食道部は黄金期を迎える。マンサム監督は冗談半分に彼らを四天王と呼ぼう、なんて言っていた。
…私は?
私はその頃どうなってるんだろう?
「やぁ、随分熱心に勧誘活動に励んでいるみたいだね」
「あ、お疲れ様です」
お得意の毒舌が桜の花びらと一緒に降ってくる。
ちょうど1年前と同じように、薄紅色の光を纏ってココさんがそこにいた。
デニムのパンツに黒いシャツ、明るいカーキ色のジャケットを羽織る姿は由緒正しい理系学生の格好だ。頭に巻いたバンダナも、研究生はこういう格好が好きなのだと今は理解している。
「どうだい?調子は?」
そう言いながらパイプ椅子に座るその優雅な仕草を、去年のトリコさんの位置から眺める。
「ボチボチですかね?」
そう答えれば「本当にそれで良いの?新入部員がゼロなら今年もう1年雑用係が待ってるよ」とチクリと指摘された。
うぅ
それは流石に嫌だなぁ。
途端に焦り始める私を見てココさんが笑う。
あぁ
あれから1年経って、ようやく理解する。
きっと1年前のあの日、彼は別にこの近くに用はなかったのだ。
それでも、忙しい研究の合間を縫って、こうして後輩の様子を見に来てくれていたのだ。
どこまでも、優しい人だなぁ。
そう思って、それに気付けた事が嬉しくて、ついニコニコと彼を眺めてしまう。
私のだらけきった様子を見て、ココさんは急に雰囲気を変えて「大事な話がある」と切り出した。
「はい」
私も真面目に背筋を伸ばす。
こうして真剣モードに入る彼の雰囲気は、正に鞘から抜いた剥き出しの『真剣』だ。
1年前、鞘しか持っていなかった私も、木刀…とまではいかなくてもとりあえず棒切れくらいは持てるようになっただろうか?
とにかく、彼が真面目にしている時は、私も全力で対応した方が良い。
ここにはいないメンバーにも関係する事だろうか?
それとも新入部員に対してだろうか?
とりあえず、先輩としての私のモットーは「思い立たなくても迅速かつ正確な連絡と指導」だ。
正しく伝える為にもカバンからメモ帳を取り出す。
ペンをノックして書き取る体勢に入った私を確認すると、彼は姿勢を正した。
「好きです。付き合って下さい」
「…………」
少し強めの風がブースを吹き抜け、桜の花びらがまた私達の周りを舞い踊る。
ゆっくりと顔を上げた私の目の前には、意外にも頬を少し赤く染めた彼の顔があった
―完―
→ いつかの神無月
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