IGO大学体育会美食道部
□弥生
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【3月】
卒業式をする日は毎年違う。
当然だ。
優先されるのは曜日であって日付ではない。
だから、美食道部の卒業式も毎年それに応じて日を変える。
今年は3月10日
今日の日付だ。
昨日はあまり寝られなかった。
彼は、どうだったんだろう?
※ ※ ※ ※ ※ ※
ココさん曰わく「思い立たない限りは何もしようとしない馬鹿」のトリコさんが50人抜き組手の事を教えてくれたのは、やっぱりというか、3月に入ってからだった。
驚くサニー君の横でちょっとそれに合わせながら、私はトリコさんの説明を聞く。
部を去る先輩に拳で餞(はなむけ)を贈る。
自分の成長を実際に組手の中で証明し、先輩を安心させると同時に感謝の気持ちを伝える。
それが、送り出す側である私達の心構えだと。
一理あるような、無いような。
とにかく、現役メンバーは全員このイベントを未経験だ。
今日来られる予定の会長に細かい指示を出していただく事になっている。
私は道着に着替え、いつものように道場を開けながら、今日という日を心に焼き付けておこうと胸に誓った。
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一龍会長に茂松副会長、マンサム監督までは予想通りだった。
しかし、与作先生に鉄平さんまで道場に現れて、さすがに私は驚きを隠せない。
「ガッハッハ!何、そうおかしな事じゃねぇ!1人くらいは医者がいなけりゃな!大丈夫、大抵の出血ならすぐに止めて組手に戻れるようにしてやるぞ!」
「うわぁ、怖い怖い。ホント、オレ道場生で良かったよ」
与作先生は白衣のままだが、鉄平さんは道着に着替えている。
鉄平さんも、参加するのか。
予想以上に黒帯が揃った事に私は動揺していた。
流れは、シンプルだ。
小松さんがストップウォッチで時間を計る。
1分と30秒のインターバルを延々と、50回。
私とサニー君はホワイトボードに対戦者と組手の結果を書き込んでいく。
ココさんがKO勝ちすれば白い丸と決め技の種類を、引き分け(1分終了後どちらも立っている)なら三角を、もしココさんがKOされて試合続行不可能なら黒い丸を書けと言われていた。
さすがに1分の組手では殆どの試合が引き分けに終わるんだろう。
私はそんな事を考えながらホワイトボードの前で待機の状態に入った。
一龍会長が上座に立ちココさんを呼ぶ。
「ココよ」
「はい」
いつもより張り詰めた雰囲気で、ココさんが道場中央に移動する。
ココさんと向き合うと、一龍会長はニカリと笑った。
「ついにこの日が来たの。ワシからのせめてもの餞(はなむけ)じゃ!お主が自分で選ぶと良い」
会長の笑顔はどこまでも爽やかで、ちょっとトリコさんに似たものを感じる。
「ワシが戦うのは一度のみ!さぁ、ココよ!どっちが良いかの?ワシと一番最初に戦うか、それとも一番最後に戦うか」
「っ!」
その言葉に私は息を飲む。
一年前ならきっと意味不明だった会話が、今ならはっきりと理解できた。
会長は、高齢でありながら未だに相当の実力者だ。恐らく、ココさんでもかなりの苦戦を強いられるに違いない。
いや、もっと言えばきっとボコボコに痛めつけられてしまう。
これから始まる50回の連続組手を考えたら、普通どう考えても会長との対戦は最後に回した方が賢明だ。
でも
そんな風に煽られて、打算的に彼との組手を後回しに出来るような、弱腰な選択を彼は良しとしない。
きっと行くんだろう。
より苦しい道を。
彼は、絶対に逃げないはずだ。
逃げればいいのに
逃げてもいいのに
ココさんの額に、じわりと汗が浮かぶ。
「…クソジジイ」
挑戦的な目で僅かに笑いながらポツリと呟いたその一言に、私は彼の選択肢を確信した。