IGO大学体育会美食道部
□如月
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試合は、問答無用でどんどん進んでいく。
私は、ココさんの試合をサポートする傍ら、女子部の試合をビデオで撮影していた。
なにせうちの部には私以外に女子がいない。
そして、やっぱり、男子と女子では戦い方も随分異なる。
男に混じってガツガツ組手をしていれば女子と試合をした時楽勝になるかと言われれば、そうでもない。
女子には女子のファイティングスタイルがあり、それに対応した戦い方を組まなければ試合には勝てないのだ。
元々競技人口の少ない女子の部の試合は、私にとっては滅多にない学習の機会になる。
試合のサポート、荷物の移動、ビデオ撮影。
バタバタしながらそれらをこなしつつ、試合と同時に巻き起こる様々なドラマを私はただひたすら傍観した。
今回が引退試合になる選手。
怪我に泣く泣く途中棄権する選手。
念願叶って感極まる選手。
この大会の為に真剣に取り組んで来たからこそ生まれるドラマの数々だ。
「来年はオレ達もここで試合するんだな!くぅ〜!待ちきれねぇぜ!」
トリコさんが思わずといった様子で拳と拳を打ち合わせる。
「へっ、調子に乗るなよ。俺はともかく、お前がここまで来れる確証なんざどこにもねぇだろ?」
そういうゼブラさんも若干興奮していて、やっぱりこの人もなんだかんだ言って美食道が好きなんだなぁ、と改めて思う。
全日本に黒帯かぁ。
私にはまだ遠い先の話だなぁ。
いや、ここまで辿り着けるかすら分からないんだけれど。
サニー君は、見事年末に昇級を果たした。
彼は既に緑帯、私は黄帯のみそっかすだ。
でも、まぁ
精一杯頑張った結果がこれなら、これが私の美食道だ。良しとしよう。
「亜弥!準々決勝始まるし!」
「あ、ごめん!今行くね!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ミドル級、準々決勝
準々決勝ともなると、全国の強豪が勢揃いする。
ココさんは全国大会初出場になるが、対戦相手はもう5回以上も大会に出場しているベテラン選手だった。
なんでも、去年ライト級で優勝し、今年は階級を1つ上げて来た優勝候補らしい。
地元の道場で師範として指導をしているので、コートの周りでは教え子たちが賑やかに声援を送っている。
応援の差はそのままアピールの差につながる。
たった5人しか応援する人がいないココさんサイドは、それだけで劣勢に見えてしまいそうだ。
こうなると私も細かいことは気にしてられない。とにかく精一杯声を張り上げて声援を送る。
ちくしょー
強いなぁ
あのココさんが防戦一方だなんて
あー、でも
いや、傍から見てるだけなら何とでも言えるよな。
でも、きっと
「ココさん!今です!」
「お前、だからそりゃなんて声援だよ」
すかさずトリコさんに頭をぺしっと叩かれてしまった。
うぅう、すみません…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お疲れ様でした!」
「ココ、おつかれさん」
「ホラ、飲め」
結局、試合は惜しくも3−1でココさんの負けだった。
こちらサイドとしては2−2の同点で延長に持ち込めれば…と思っていただけに、落胆の気持ちを隠せない。
でも、ココさんはもっと悔しいだろうな。
せっかく一生懸命減量して、いや、それでもベスト8だからすごいんだけど。
「あ、タオル」
慌ててタオルと探すと、「タオルぐらい、自分で取れるよ」とカバンのところへ行かれてしまう。
「…すみません」
私は、試合に負けたココさんを見たのは、いや、こういうシチュエーション自体初めてなので、どういう態度を取れば良いのか分からない。
「よっしゃ、次は型だな。」
「気持ち切り替えてイけよ」
「荷物、まとめて控えスペースに移動させとくかんな」
周りはみんな自然な感じで彼をフォローしている。
あぁ、これじゃいけない。
私が動揺したり、落胆したりなんて、今一番必要ない事だ。
ふと、目の前に影ができる。
見上げると、ココさんがいた。
たった今試合を終えたばかりの体はまだ熱を発していて、離れているのにその熱が私の肌に感じられるような気が、した。
「型は自分との戦いだからね。現時点でできる最高の演舞を心掛けてくるよ」
私の心臓が止まりそうになる。
そんなに不安そうな顔をしてたんだろうか?
当事者に慰められてしまうなんて、みっともなすぎる。
本当は逆の事がしたかったのに。
「あの!」
せめて私は必死に顔をあげて訴えた。
「誰がなんと言おうと、ココさんの型が世界で一番綺麗だと思います!」
「…」
「…」
しまった
ハズした
もっと無難に「頑張って下さい」にしとけば良かった!
「あの!す、すみません」
「ありがとう」
「はい?」
「じゃ、行ってくるね」
「は、あ、頑張って下さい!」
「亜弥、ビデオの準備!」
「あ、ごめ、今行く!」
今のは
今のが…
願わくば
彼の演舞に悪影響だけは与えませんように。
できるなら少しでも力になれますように。
私はそう祈りながらビデオの録画ボタンをオンにし、彼の姿をズームした。